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【第821回】親子三代、三日連続の誕生日
[平成30年10月13日 10時00分]

 私的なことで大変恐縮ですが、我が家では親子三代、三日連続の誕生日でした。
 
 私の父は明治41年10月10日、私は昭和14年10月11日、長女は昭和44年10月12日です。親子三代、三日連続の誕生日になります。

 10月10日は父の誕生日、父は平成17年に他界しました。この日になりますと、毎年、仏壇に向かって「誕生日の事」などを話しかけています。

 11日は私の誕生日、12日は娘の誕生日、一緒に生活していますので二日間共、一緒にささやかなお祝いをしました。誕生日になると健康の大切さを意識したことなどが話題になります。

 私は79歳になりました。元気で生活していることを嬉しく思います。
 孫たちからもお祝いと励ましの電話をいただきました。「お元気で、長生きしてね・・・」と。


◆写真:平成30年10月11日(木)午後7時20分  
誕生日を祝って
鹿児島市:自宅にて




【第820回】花高4期1−6「鹿児島の旅」(その2)
[平成30年09月16日 08時50分]

 花高4期1−6「鹿児島の旅」の2日目(12日)は、朝方、雷の鳴る天候でしたが9時を過ぎると回復に向かいました。

 予定の桜島観光から始まり、知覧特攻平和会館・池田湖・指宿砂むし温泉へと順調に進みました。

 桜島観光は、@湯之平展望所・A黒神埋没鳥居・B有村溶岩展望所の3ヶ所を車から降りて見学しました。A黒神埋没鳥居では大正3年の大爆発の様子が分かりました。B有村溶岩展望所では活火山の迫力を感じました。

 午後に訪れた知覧特攻平和会館では多くの修学旅行生に交じって見学しました。そして、2日目宿泊地の指宿へ向かう途中、池田湖から開聞岳を望みました。指宿では、砂むし温泉へ入る人もあり旅の疲れを癒やしていました。

 宿泊の旅館では、食事をしながら各自からのスピーチに華が咲きました。場所を移しての二次会では「語らい」が続き、時計は午前0時を回っていました。


 最終日の13日(木)は、新幹線で帰るT君を鹿児島中央駅まで送り、鹿児島空港へ向かいました。

 鹿児島空港では、昼食時間も「語らい」の場となり、旅の想い出など話題は尽きませんでした。参加者の笑顔と笑い声から非常に味わい深い旅だったと思います。幹事のS君とKさんに心から感謝・感謝です。

 鹿児島空港からは、羽田空港へ2名、伊丹空港へ8名、午後2時過ぎに飛び立ちました。皆さんの姿から楽しい旅だっと思われます。


 そして、次回は2020年、大阪でです。元気で参加したいと思います。


◆写真:平成30年9月12日(水)午前11時25分 
桜島をバックに
鹿児島市:有村溶岩展望所にて




【第819回】花高4期1−6「鹿児島の旅」(その1)
[平成30年09月16日 08時15分]

 私が、大阪府立花園高校で担任した昭和41(1966)年4月入学の1年6組の11名の皆さんが、鹿児島を訪れました。
 昭和41年4月入学は4期生になります。

 花高4期1−6「鹿児島の旅」は,9月11日(火)〜13日(木)、仙巌園・南州神社(墓地)・城山展望台・桜島・知覧特攻平和会館・池田湖・指宿砂むし温泉などを2台のレンタカーを利用した2泊3日の旅でした。

 1年6組のクラス会は、大阪みなみの割烹などで隔年で行っていますが、今回は、私の意向で「鹿児島の旅」となりました。参加者の中には、鹿児島訪問が初めての人もいました。幹事のS君とKさんが訪問地を入念に検討していましたので、そのコースをたどりました。

 初日の仙巌園・南州神社(墓地)では、NHKの大河ドラマ「西郷どん」の影響も大きく、各自の思いもあり、話題は尽きませんでした。 

 初日の夕食はホテルで美味しく摂りました。久し振りですので各自のスピーチの時間がありました。話題は、今までの自分が歩いてきたこと、家族のことなど、喜びや悲しみなとでした。「15の春」で出会った皆さんの話題には、感動・感激の連続でした。

 そして、天文館へ、スナックで語らいと歌の時間となりました。日付けが変わる頃まで天文館の夜を満喫しました・・・。


◆写真:平成30年9月11日(火)午後2時30分 
桜島をバックに
鹿児島市:仙巌園にて



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