春を告げる出水市高尾野町の「中の市(ちゅうのいち)」は、加治木の「初市」・川辺の「二日市」とともに鹿児島県三大市と呼ばれている著名な市です。 今年は、3月20日(祝)・21日(水)の2日間、行われています。 この「中の市」は別名「そば市」とも呼ばれ、古くは江戸時代から続く市と言われています。 当日は、そば屋も多く出店され、田舎独特の切れ切れそばが販売されていました。 今年も私は、「高千穂の峰会」のメンバ−として、初日の20日(祝)に知人宅におじゃましました。 ご主人が前日に打たれた(粉からそぱへ)地元産の「そば」に具とス−プは奥様の手作り、地元産の「ミカンの粉(小ミカンの皮を乾燥させて粉としたもの)」を香として振り掛けられた「そば」は、写真のような「そば」です。写真の「そば」は、風味があって何とも言えない美味しい味でした。その美味しさに、お代わりをしてしまいました。 私は、「そば」をいただきながら、メンバ−との会話、知人宅にお越しになっている方々との会話に華が咲き、時間の経つのも忘れてしまいます。「中の市」は、親睦を深める非常によい機会にもなると思います。 ◆写真:平成24年3月20日(日)午後0時25分 出水市高尾野町:O宅の「手打ちそば」 |
出水市高尾野町「中の市」は、3月20日(祝)と21日(水)の2日間行われ、約13万人(主催者発表)の人出で賑わいました。 両日とも、出水市高尾野支所前の道路と肥薩おれんじ鉄道高尾野駅前通りが歩行者天国とり、沿道には地元を含めて約280軒の露店が並びました。 露店は、食べ物や植木、おもちゃ、くじびき、刃物などいろいろな種類の店が並び、老若男女が楽しめるように配置されていました。 中でも、「そば屋」は、多く出店され田舎独特の切れ切れそばが販売されていました。これは、「中の市」の名物でしょう。私は、多めに買って帰りました。 また、イベント会場では、今年も地元物産の直売やジャンボそば早食い競争(小中学生)等多くのイベントが行われました。 「中の市」実行委員会事務局の鶴の町商工会の特手祐治会長は、「この『中の市』は、紫尾神社の彼岸の中日に行っていた春祭りに露天の市が立ったのが始まりで、当時は山の物と海の物との物々交換を行っていたようです。昔から『市』を訪れる親類・知人に地元の各家庭が手打ちそばをふるまう風習があって、今日の別名『そば市』になりました。」と賑わう会場で説明をしてくださいました。 私は、長い歴史を持つ高尾野「中の市」が北薩地区では、名実ともに定着していることを感じました。この伝統ある「中の市」に、私は、この春、新幹線新大阪直通が大幅に増えたことをチャンスととらえ、来春以降、関西・中国地方等から多くの観光客が訪問されることを期待します。そして、「中の市」の美味しい「そば」を味わっていただきたいものですね。 ◆写真:平成24年3月21日(水)午前11時20分 平日でも賑わう「中の市」 出水市高尾野町:高尾野駅前交差点付近にて ●「中の市」の期日は、春の彼岸の中日を初日として行われますが、曜日の関係で彼岸の中日が2日目になることもあります。昨年は3月20日(日曜日)・21日(祝日)でした。 |
春に咲く花には、いろいろありますが、出水市では、モクレン(木蓮)の花をよく見かけます。 特に、ホテルキングから出水中央交番、クリニック.なかむら一帯の平良馬場自治公民館に属する各家庭にモクレンの花が咲いているのに気づきした。 以前、平良馬場自治公民館長をされていた竹内清志さんに、お聞きしました。 竹内清志さんは、「私が館長をしていた平成13年頃、皆さんと話し合って、春に最初に咲く『モクレン』を平良馬場自治公民館の花にして、美しい花の集落にすることにしました。当時、皆さんと一緒に各家庭にハクモクレンとシモクレンを植樹したころを思い出します。」と話してくださいました。写真は、今日(25日)の昼前、竹内さん宅の玄関先に咲いている美しいシモクレンです。 モクレンには、ハクモクレンやシモクレン、サラサモクレンなどの種類があるようです。 ハクモクレン(白木蓮)は、モクレンの仲間で白色の花をつけます。モクレン属の中では大型の種類で樹高は10〜15m程度まで成長します。 春、葉に先立って大形で白色の花が開かせます。 シモクレン(紫木蓮)は、花は濃い紅色から桃色で、花弁は6枚、上品な強い芳香を放ち、花びらは舌状で長く、実は赤いのです。 私は、「平良馬場自治公民館の花」に指定され、植樹された「モクレン(木蓮)」が満開で集落を美しく照らしていることに努力の成果を感じました。今、ハクモクレンは散りはじめていますが、シモクレンは写真のように美しく輝いています。 春はモクレンをはじめ、いろいろな花が宅地や野山に咲きます。私は、今年の春、多くの美しい花を求めて歩きたいと思っています。 ◆写真:平成24年3月25日(日)午前11時35分 出水市:平良馬場の竹内清志様宅のシモクレン(紫木蓮) |
各地の「桜の開花宣言」が報道される時となってきました。 鹿児島気象台は、26日(月)に気象台の桜(ソメイヨシノ)が開花したと発表しました。満開は平年より1日遅い、4月5日と予想されています。 出水の桜の名所の一つ東光山公園では、夜桜提灯が24日(土曜日)から点灯されています。 私は、27日(火)の夜、肌寒い夜でしたが、夜桜を見学してきました。八部咲きの桜は、十分に楽しめる咲き具合を数多くの提灯に照らされていました。そして、東光山公園のレインボーブリッジは、恒例の虹色に照明アップされていて、見学の一つのポイントになっています。写真の右後方の緑色の灯りが、その一部です。 また、公園の眼下には、出水市街地の電灯が灯り、真下にはJR出水駅の構内の灯り、そして、新幹線「さくら」等の列車の灯りを見ることができました。公園の桜の隙間からきれいにとらえる眺望は、100万ドルの夜景といえましょう。 当日は、平日にもかかわらず、多くの方々が、自家用車で訪問され、夜桜提灯等を見学されていました。 私は、東光山公園の提灯に照らされた桜を見てまわりました。また、眼下に広がる夜景も堪能しました。写真のように提灯に照らされた美しい桜は、私に語りかけているようでした。「今年も咲きましたよ。美しいでしょう・・・。」と。 ◆写真:平成24年3月27日(火)午後7時15分 出水市:東光山公園にて ●点灯期間等 点灯期間:3月24日(土曜日)〜4月8日(日曜日) 点灯時間:18時30分〜22時 ※節電のため、一部消灯している箇所があるということです |
長島町では、「第2回 夢追い長島 花フェスタ」が今日(31日・土)開幕です。 「第2回 夢追い長島 花フェスタ」は、昨年の「全国都市緑化かごしまフェア」の協賛イベントとして行われたのを引き続き、今年度も、長島町主催として行われます。 会場は、長島町指江の「町文化ホ−ル周辺」をメイン会場に、長島町鷹巣の「太陽の里」をサブ会場に、「川床ふれあいの郷」・「赤崎橋パーキング」をフラワーガーデンに、そして、島を一周する道路も一体となった島全体が会場となっています。 花は、長島町一周40qの道路に、特産の石を用いた石積の花壇を設けたり、道路脇の土手や平地を利用したりした場所に植えてあります。スイセンやパンジ−などいろいろな種類の花が、多く植栽されて、美しく咲いています。 5月6日(日)までの期間中は、豪華賞品が品が当たるスタンプラリ−やふかしたジャガイモの試食などがあります。期間を通じて、ミニ造形展、押し花体験教室作品、フラワーアレンジ教室作品が展示されています。そして、花とふれあう体験型イベントなどが盛りだくさん計画されています。 私は、「橋を渡るとそこはフラワ−アイランド」と呼称されている長島を、その名のとおり花に囲まれた素晴らしい島だと思います。道路の両側や片側の石積の花壇は、昨年より、より一層整備され、いろいろな花が咲いています。 そして、花の植樹や管理は、花壇の近くの方々が担当されているように見受けられ、地区住民参加の手作りのいろいろな美しい「花」が、温かく迎えています。 ◆写真:平成24年3月25日(日)午前10時10分 「夢追い長島 花フェスタ」の横断幕 長島町:瀬戸の国道389号(左・旧長島町方面)と県道47号(右・旧東町方面)の分岐点 ●期間・会場等 期日:平成24年3月31日(土)〜5月6日(日) 会場:メイン会場 指江の「町文化ホ−ル周辺」 サブ会場 鷹巣の「太陽の里」 フラワーガーデン 「川床ふれあいの郷」・「赤崎橋パーキング」 島を一周する道路も一体となった島全体が会場 (橋を渡るとそこはフラワ−アイランド) |
今日、4月1日は、「年度替わり」で、平成24年度のスタ−トの日になります。 今年の4月1日は、日曜日ですので、職場では、明日が入社式や辞令交付式などが行われると思います。また、学校では間もなく始業式、そして、入学式が行われます。新しい生活へのスタ−トになります。 長年勤務されて、ご勇退された方々はお勤めが一昨日までで、明朝から決まった時間に出勤がなく、一抹の寂しさを感じらておられるかもしれません。 人生の中で、4月1日は、新しい生活へのスタ−トの日です。今までとは異なり、喜びや期待、不安などが入り交じった複雑な日になる人が多いと思います。 古希を過ぎた私は、新年度のスタ−ト、いろいろな想い出があります。 昭和33年4月、高校の地理の教師を目指して京都にある立命館大学文学部に入学しました。入学のために一人で初めて夜行列車に乗り関門トンネルを通って京都に来ました。不安で一杯でした。その時、早く友人をつくり、早く大学に慣れ、早く土地に慣れることに心がけました。その結果、充実した楽しい学生生活を送ることができました。今でも当時の友と交流を続けています。 そして、昭和37年4月、夢の高校の地理の教師として、大阪府池田市から始まった勤務は、退職までの48年間、授業だけではなく、多くの勤務をそれぞれの勤務地で経験しました。各勤務では不安もありましたが、新しい職場でのスタ−トを大事にして充実した日々を送ることができました。多くの素晴らしい方々・生徒・土地等との出会いがあり、今でも大事にしています。 「年度替わり」の4月1日は、新しい学校・職場など新しい環境へのスタ−トの日です。今日、私は、「TAKE OFF」(離陸)を想い出しています。「航空機の離陸」と同じように「自立」、「新しい職場」へのスタ−トをしたことを・・・。 ◆写真:平成24年3月26日(月)午後3時 霧島市:鹿児島空港の「航空機の離陸」の模様(写真下の建物は、国際線ターミナル) |
第23回を数える「いずみ桜まつり」は、3月31日(土)・4月
1日(日)の2日間、満開の桜の咲く特攻碑公園で行われました。 今回の内容は、@一日食堂(うどん、そば、たこ焼き等)、A特産市(みかん、お茶、味噌等)、B苗木配布(先着50名様)が両日、C緑の相談会、D輪投げ大会、Eアトラクションが1日(日)のみありました。 1日(日)、アトラクションが、歩行者天国となった道路の特設ステージで、午前10時30分から、次の8団体で行われました。 それは、@野田郷島津太鼓(太鼓演奏)、 Aダンスチーム(ダンス)、 B和太鼓集団 和楽(太鼓演奏)、 Cプア プルメリア大石(フラダンス)、 D正調五ツ太鼓宗家小牟田流神薗道場(太鼓演奏)、E出水観光宣隊つるみんジャー(歌とダンス)、 F高尾野兵六太鼓保存会(太鼓演奏)、G西出水小学校マーチングバンド(楽器演奏)でした。 最後を飾って午後2時からの「西出水小学校マーチングバンド」の楽器演奏は、二木綾子先生の指揮で、新4・5・6年生21名が『マル・マル・モリ・モリ』、『上を向いて歩こう』など4曲を演奏しました。「西出水小学校マ−チングバンド」は、昨年、鹿児島県代表として九州大会へ出場し、銀賞を獲得されています。実力を持つ皆さんの演奏は、観客の皆さんの心に響く、素晴らしい、楽しい演奏でした。 当日、うららかな陽気に誘われて、特攻碑公園一帯で行われた「いずみ桜まつり」に、多くの方々が訪れておられました。そして、およそ300本の桜は、白いトンネルを作り、その美しさに、多くの花見客は見入っておられました。私は、満開の桜に魅せられて、白いトンネルを数回往来したり、楽しい「いずみ桜まつり」のアトラクションなどを見学したりして、楽しい時間を過ごしました。 ◆写真:平成24年4月1日(日)午後2時15分 「いずみ桜まつり」で演奏の「西出水小学校マ−チングバンド」(指揮者は二木綾子先生) 出水市:出水市特攻碑公園前の歩行者天国となった道路の特設ステージ |
今日、4月4日(水)は、二十四節の一つ「清明(せいめい)」に当たります。 「清明」は、暦の解説書『暦便覧(こよみびんらん)』によりますと、「万物発して清浄明潔なれば、此の芽は何の草としれるなり」と記されています。その中の清浄明潔の部分を略して「清明」とされています。 この時期は、春の柔らかい日差しを受けて、草木が芽吹き、「さくら」の花や様々な花が咲き乱れ、お花見シーズンの時期とも伝えられています。 そして、清々しい気持ちのよい季節を意味しています。 4日の「清明」に先立ち、1日の日曜日の肥薩おれんじ鉄道野田郷駅一帯の風景です。駅構内の菜の花、駅北側広場の満開の「さくら」並木、「清明」の日に相応しい春爛漫の風景です。 出水の「さくら」は、ここ野田郷駅北側広場(約40本)の外には、高川ダム周辺(約500本)、東光山公園(約430本)、特攻碑公園周辺(約300本)、高野山公園(約200本)等が有名です。 私は、満開の「さくら」の名所を訪ねて、白いトンネルの中を歩いたり、草木が芽吹く野山を歩いたりして春爛漫の春を満喫したいと思っています。特に、今年の冬、厳しい寒さが続き、室内で過ごした時が多かったので、「清明」の時を迎えた、今、私は、意欲的に・・・。 ◆写真:平成24年4月1日(日)午後0時14分 出水市:肥薩おれんじ鉄道野田郷駅構内の菜の花、駅北側広場の満開のさくら並木 |
第9回を数える野田郷駅、「お花見&バーベキュー大会」は、4月
1日(日)、野田郷駅北側広場で行われました。 この催しは、肥薩おれんじ鉄道の利用促進と村おこしを図ろうと、NPO法人野田郷・南九食品(株)が、平成16年から始められた恒例の行事です。 毎年、4月の第一日曜日に開催されています。 「お花見&バーベキュー大会」は、中学生以上は1,000円(小学生500円)で、焼き肉は食べ放題、地元産焼酎は飲み放題の魅力ある催しです。 肥薩おれんじ鉄道利用のお客様には、お一人に「おにぎり2個」が無料で提供されていました。 この会の世話役でNPO法人野田郷駅の野添重年さんは、「今年はさくらや菜の花が満開、その上、天候にも恵まれました。参加者は、肥薩おれんじ鉄道を利用しての参加者が、遠く鹿児島からのお客様を含めて62名、直接お越しの方々を含めると250名になります。ボランティアのお手伝いもあって、毎回賑わっています。」と話してくださいました。 会場の野田郷駅北側広場のさくら並木は、野田中学校卒業50歳記念などで植樹されたおよそ40本が、大きく成長しています。そして、NPO法人野田郷の皆さんが植えられた菜の花も満開です。 この満開のさくら・菜の花の中、のどかに走る列車を見ながら、バーベキューを囲み、焼酎などを飲み、家族やグループの皆さんとにこやかに歓談をされていました。そして、時の経過とともに宴は広がり、隣のグループとも杯を交わしておられる場面もありました。 ここ野田郷駅、「お花見&バーベキュー大会」は、事前の申し込みだけで参加でき、その上、さくらや菜の花も満開の素敵な場所での開催に魅力を感じました。私は、次回、早めに申し込み、肥薩おれんじ鉄道を利用して参加し、多くの皆さんと歓談してみたい気持ちになりました。 ◆写真:平成24年4月1日(日)午前11時55分 第9回を数える野田郷駅、「お花見&バーベキュー大会」の模様 出水市:肥薩おれんじ鉄道野田郷駅北側広場にて |
出水市西出水出身の歌手前田瑠美さんの「北薩応援の会」が発足しました。 歌手前田瑠美さんは、2009年(平成21年)6月に1stアルバム「歌集」を発表してから本格的な歌手へのスタートを切りました。 翌年の2010年(平成22年)に2ndアルバム「霧島連山」を発売、全国各地で精力的なライブを行い、鹿児島アリーナのステージにも出演するなど歌手としての活動が本格化、2011年(平成23年)に3rdアルバム「旅歌百選」をリリースしました。 今年の5月に新たなアルバムを発売することになっています。 このように、順調に成長してきている歌手前田瑠美さんの歌手活動を応援するために「前田瑠美、北薩応援の会」を発足することになりました。この会は、歌手活動の支援と共に、北薩・鹿児島県内の地域との交流を図りながら、活性化に寄与することを目的としております。 どなた様でも、会員になれますので、奮って下記までご連絡ください。心からお待ちしております。年会費3,000円(入会金無料)で運営します。 郷土出水出身の前田瑠美さんは、歌手としてデビューされて4年目、全国各地で精力的に活躍されています。この度、歌手としてより一層、活躍されることを応援するために結成された「北薩応援の会」に私は、参加し、多くの皆さんと共に心から応援したいと思います。 ◆写真:平成24年3月28日(水)午後7時50分 歌手「前田瑠美・北薩応援の会」発足の検討会の模様 出水市:西出水の前田健康道場内 ●事務局 〒899−0214 鹿児島県出水市五万石町263 前田瑠美・北薩応援の会 рO996−62−0037 ●歌手前田瑠美さんのHPは、ここから、アクセスしてご覧ください。 |
3月末で終了の米ノ津川の抜本的改修工事は、平成18年7月の豪雨災害を受けて、河川激甚災害対策特別緊急事業として行われてきました。 写真は、米ノ津川・平良川との合流点付近の肥薩おれんじ鉄道の米ノ津川鉄橋を下流から撮したものです。 肥薩おれんじ鉄道鉄橋の右側の列車が通過している白い支柱の部分から右が、今回の工事で川幅が広がり、橋桁が追加された箇所です。 平成18年7月22日(土)・23日(日)の「鹿児島県北部豪雨」は、米ノ津川が氾濫して、出水市市街地や市役所前通りなどに大きな被害を与えました。 その水害から守るために、米ノ津川の広瀬橋の少し上流の新幹線鉄橋付近から平良川との合流点付近、そこから六月田橋までを区間として、大工事が行われてきました。 河川改修工事は、一つに米ノ津川・平良川との合流点付近の河川拡張の工事、二つに川底を掘り下げる工事、三つの河川敷の改修の工事などがポイントだったのではないかと思われます。 工事終了後の今、写真のように川面・河川敷は樹木や雑草などの障害物もなくなり、見通しも非常に良くなり、大変きれいになりました。『広報いずみ』の今年1月号の中に「市民の安心・安全を確保するたの川づくり」のためにとの文言がありました。 私は、平成18年時のような「豪雨」が発生しても大丈夫な改修工事の完成に感謝しつつ、きれいになった米ノ津川をいろんな面から大切にしていきたいと思います。 ◆写真:平成24年4月6日(金)午後4時16分 米ノ津川・平良川との合流点付近の河川拡張部分を走る肥薩おれんじ鉄道の列車。 肥薩おれんじ鉄道鉄橋の向こうが広瀬橋、その向こうの白い部分が新幹線の鉄橋。 出水市:米ノ津川右岸の河川敷にて |
4月7日(土)、午前10時から出水中央高等学校の入学式は、体育館で行われ厳粛で格調高く、感動場面の多い展開でした。 9時30分過ぎからおよそ10分間、吹奏楽部は式場で、@『世界に一つだけの花』を演奏して、入学式の雰囲気を演出していました。 9時50分過ぎの来賓入場は、A『威風堂々』が演奏され、多くの来賓の方々は曲に乗り、入場されました。 さて、いよいよ、新入生の入場です。司会者の「新入生入場」のアナウンスの直ぐ後にファンファ−レでB『ツァラトゥストラはかく語りき』が力強く演奏され、式場の雰囲気は、一瞬にして格調高い式典の雰囲気に変わりました。 そして、C『ハピネス』の曲に変わると、新入生の本科255名と看護学科専門課程82名の合計337名の皆さんは、学級担任を先頭に、体育館後方から体育館の中央(写真の中央の通路)を通って大きな拍手に迎えられて、曲に乗り明るく元気よく、新入生らしく堂々と入場してきました。 10時に入学式は始まりました。一同礼、開式のことば、国歌斉唱の後、4月1日付けで着任の寶亀道隆校長は、入学許可をされました。学校長式辞で「@知性、A形、B理想」を新入生への餞のことばとして贈られました。笹山欣悟PTA会長が歓迎の意味を込めた祝辞を述べられました。そして、祝電祝詞披露があり、その後、普通科特進課程の大田崇央君(出水中学校出身)が力強く新入生代表宣誓をしました。職員紹介、校歌斉唱と続き、閉式のことば、一同礼で式は終了しました。 式が終了すると、新入生は吹奏楽部の演奏する今話題のF『AKBメドレー』に乗り学級担任を先頭に、これから学ぶ自分の教室へ体育館の中央を通り力強い足取りで歩んで行きました。来賓は入場と同じA『威風堂々』で、保護者はG『さくら』で、退場されました。吹奏楽部は、国歌斉唱でD『君が代』、校歌斉唱でE『校歌』を演奏しました。 吹奏楽部の8曲の演奏は、式場の雰囲気を演出していました。特に、ファンファ−レのB『ツァラトゥストラはかく語りき』とC『ハピネス』、F『AKBメドレー』、G『さくら』などが演奏されると、式場から感激の声が聞こえてきました。 当日、新入生の明るくて毅然とした態度、保護者のお喜びの様子、多数の来賓の方々の参列がありました。そして、含蓄のある式辞、暖かみのある祝辞、力強い新入生代表宣誓など、格調の高い厳粛で整然とした式典に引きつけられました。その上、式が司会者の進行アナウンスと吹奏楽部の演奏が一体となっており、演奏内容と共に感動の連続でした。 ◆写真:平成24年4月7日(土)午前10時10分 出水中央高等学校、本科第46回入学式、看護学科専門課程第33回入学式 前方右のスクリーンは、インターネットによるライブ中継と同じ画面 出水市:出水中央高等学校体育館 |
最近、「竹子の煮しめ(にしめ)」が、特に、出水地方の各家庭の食卓を賑わしていることでしょう。それは、出水地方が竹の子の産地で、今が旬だからです。 右の写真は、私が真心を込めて料理した「竹子の煮しめ」です。味は醤油とみりん、塩を使いました。途中で何回も味見をしながら煮込みましたので、非常に美味しく出来上がりました。 山椒の葉っぱは、色合いと風味として添えてみました。 皆様は、ご覧になってどのように評価されるでしょうか。 特に、今は、お花見シーズンです。その宴には、写真のような「竹子の煮しめ」が、なくてはならない料理ですよね。 「煮しめ」は、フリー百科事典『ウィキペディア』によりますと次のように記載されています。 ○煮しめ(にしめ)とは、煮る調理法のひとつを用いて調理された料理。日本の代表的な家庭料理の一つでもある。 ○日常の食事において供されるほか、お盆や正月、節句や祭りなどの、人が多く参集する際のふるまい・もてなし料理としても供される。こういったことからいわゆる「お袋の味」のひとつとされることも多い。 ○煮汁が残らないように時間をかけてじっくり煮る調理法を「煮しめる」というが、これが転じてそのように料理されるものを「煮しめ」と称する。「煮染め(にしめ)」「煮締め」「お煮しめ」などとも言う。 私は、幼少時代からいろいろな「煮しめ」をよく食べてきました。その折々の食材を用いて料理された「煮しめ」は旬の味として、いつも美味しく味わってきました。「竹子の煮しめ」は、今では、いつでも食べることができますが、やはり、今が、旬の味として最高の味を味わうことができますね。 14日(土)、出水市野田町の竹の子栽培の知人から新鮮な竹の子をいただきました。早速、料理したのが、写真のような出来栄えです。自分で料理して、「焼酎の肴」にしました。晩酌が、美味しい「竹子の煮しめ」に誘われて、量が多めになってしまいました・・・。 ◆写真:平成24年4月14日(土)午後7時50分 出水市:五万石町の自宅にて |
阿久根市から黒之瀬戸大橋を渡ると、そこはフラワ−アイランドの長島です。 今、長島町は、昨年の「全国都市緑化かごしまフェア」の協賛イベントとして行われた「夢追い長島 花フェスタ」が、今年も第2回目として行われています。 長島町景観推進課の村上繁己課長補佐は、「今年は、30種類、15万本の花が会場と長島町一周40qの道路沿いに咲いています。今、美しい花が咲いていますので、お越しくださいました皆様に心から喜んでいただけると思います。」と自信に満ちて話してくださいました。 「第2回 夢追い長島 花フェスタ」は、長島町指江の「町文化ホ−ル周辺」をメ−ン会場に、長島町鷹巣の「太陽の里」をサブ会場とし、「川床ふれあいの郷」・「赤崎橋パーキング」をフラワーガーデンとして、長島を一周する道路も一体となった島全体が会場となっています。そして、5月6日(日)までの期間は、土、日曜日を中心に「じゃがいも収穫体験」など多彩なイベントが開かれています。 私は、15日(日)長島を自家用車で一周しました。道路の両側(片側もあります)にはいろいろな花が咲き、それぞれの箇所で写真を撮りましたが、すべてをここに掲載しても良いと思われる景観でした。タイトルに遜色(そんしょく)のない長島です。皆さんも、一周されてみられたら如何でしょうか。 「第2回 夢追い長島 花フェスタ」期間は、GW最終日の5月6日(日)までですが、花は四季折々に観賞できそうです。 ◆写真:平成24年4月15日(日)午後0時35分 県道47号道路両側の花と「長島 花フェスタ」ののぼり 長島町:県道47号山門野〜川床にて |
今日4月20日は、二十四節気の一つの「穀雨(こくう)」です。 「穀雨」は、穀物の成長を助ける雨のこととされています。暦の解説書「暦便覧(こよみびんらん)」に「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されています。種まきの前に降る春の雨は、農家にとってまさに恵みの雨といえるでしょう。 出水地方は、広大な水田地帯として、良好な畑作地帯として、植木産地として、非常に有名なところです。最近の出水地方は、春の陽気で快晴が続き、雨のほしい日々が続いています。 今日の出水地方の天気は、「Yahoo! JAPANの天気予報」によりますと、終日曇りと予報されています。今日の「穀雨」にあやかって、ひと雨ほしい時です。 ◆写真:平成24年4月18日(水)午後5時35分 出水市:出水中学校近くの水田地帯(前方の高い山は、矢筈岳=標高 687m) |
出水市の平成24年3月末現在の人口が、55,555人となっています。 写真の人口が55,555人と記されている黒板は、出水市役所の1階の住民票などを届けたりする市民生活課の見やすいところにあります。 5が5個並ぶ珍しい現象に、私は、驚きと縁起の良さもあって、取り上げてみました。 出水市は、平成18年3月13日に、出水市・高尾野町・野田町との合併で新しい出水市が誕生、その年の4月1日現在の人口が57,997人でした。 その後、平成21年の大型企業の相次ぐ閉鎖などの影響もあって、およそ、2,500人近く減少しています。 私は、大型企業の相次ぐ閉鎖と全国的な人口減少などもあって、出水市の人口が新市誕生時より減少してきていることが分かりました。出水市は、昨年3月の九州新幹線全線開業で交通が大変便利になってきました。この利点などを生かして、出水市の人口が僅かでも増加することを期待したいと思います。 ◆写真:平成24年4月18日(水)午後4時35分 出水市:出水市役所の1階にて |
県立野田女子高校同窓会総会等は、4月22日(日)、午前9時から亡師亡友の慰霊祭、総会、懇親会があり、午後2時半に終了しました。 今年の幹事学年は、昭和50年・51年卒業の皆さんでした。 亡師亡友の慰霊祭は、創立50周年記念で建立された亡師亡友之碑の前で多くの希望者が参列して行われました。 総会、懇親会は、場所を鶴丸会館に移して、午前11時から行われました。 先ず、会長挨拶で、中野由美子会長は、「幹事の皆さんの努力により、多くの方々の参加で盛会に開催できることを嬉しく思います。会員の皆さんと協力して素晴らしい同窓会となるように努力します。」と述べられました。 校長挨拶で、4月1日付けで着任の冨山裕子校長は、「本校は、今年で創立64年目になります。今までの伝統を引き継ぎ、ますます発展するよう努力してまいります。同窓会の皆様にはいろいろお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。」と述べられました。 総会の協議は、予算審議や会則改正などがスムーズに行われました。 そして、最後に校歌が声高らかに斉唱されました。 正午前から始まった懇親会は、事前準備等の良さで楽しい「宴」となりました。 先ず、参加の恩師の先生方へ美しい花が贈呈されました。乾杯の後、しばらく歓談が続くと、アトラクションの時間となりました。アトラクションは各テーブル毎の出し物で、『春一番』などの歌があったり、踊りがあったりして、変化に富み、「演芸大会」と表現したくなる雰囲気でした。最後の万歳三唱でお開きとなりました。 当日は、亡師亡友の慰霊祭から、最後の懇親会まで変化に富む素晴らしい内容が時間一杯に展開され、非常に楽しい会でした。 参加された皆さんは、高校時代の想い出を語ったり、その後の人生体験などを語ったりして、話題が尽きない様子でした。そして、2次会が予定されていました。多くの方々が参加され、2次会も賑やかだったことでしょう・・・。 ◆写真:平成24年4月22日(日)午前11時05分 同窓会総会で挨拶の中野由美子会長 出水市:鶴丸会館にて ●来年度(平成25年度)の同窓会慰霊祭、総会、懇親会の予定 幹事学年:昭和52年卒業 開催予定:平成25年7月下旬の土曜日予定の出水市の夏祭り「鶴翔祭」に参加、翌日の日曜日に同窓会慰霊祭、総会、懇親会の開催予定 |
長島町の道路沿いには、石積みがみられ、そこに、四季折々の花が咲いています。 それは、長島町では、平成19年4月1日に「長島町ふるさと景観条例」を施行されているからです。 この条例は、「この条例は、町の豊かな海・山の美しい自然や歴史的文化遺産を生かしながら地域住民の意見を踏まえた上で、ふるさと景観づくりを推進し、魅力ある個性豊かな住みよい町を創出する。」との主旨で制定されています。 長島町の川添健町長は、去る4月15日(日)町文化ホ−ルで行われた「花かごしまフォーラムin長島町」の開会の挨拶で「石積みの風景と調和した花の景観づくり」のタイトルで長島町の取り組みを紹介されました。 その中で川添町長は、「本町は石が多く、無尽蔵と言っても過言ではありません。その石を使って長島町一周40qの道路沿いに花壇を作り、花を植え、美しい花が咲いています。ぐるっと一周フラワーロードの花を見学に多くの観光客が訪れておられます。今、長島町は、観光地として注目を浴びています。日本一の町づくりを目指しています。」と自信に満ちて紹介されました。 そのことは、景観に関する表彰が物語っています。 平成21年10月の全国花まつりコンクール市町村部門の優秀賞、22年3月の南九州景観整備大賞、そして、24年3月の鹿児島県景観大賞の受賞があります。 今、長島町では、「第2回 夢追い長島 花フェスタ」が、GW最終日の5月6日(日)まで開催されています。その上、新鮮な魚、じゃがいも、焼酎、お菓子の赤巻きなどもあり、多くの観光客で賑わっていることでしょう。 私は、「石積みと花の町」に魅せられて、四季折々に美しい花が咲いている長島町をドライブするのが好きです。いつでも、訪問してみたいと思っています。 ◆写真:平成24年4月15日(日)午後0時20分 「『石積みと花の町 長島町』ふるさと景観条例制定の町、平成19年4月1日施行」の看板 長島町:長島町瀬戸の三叉路から県道47号を鷹巣方面へ登ると直ぐ |
出水市西出水出身の歌手前田瑠美さんは、鹿児島県漬物商工業協同組合の「かごしま漬物大使」に任命されました。 その任命式が、去る4月2日(月)夕方から鹿児島市内のホテルで行われました。 歌手前田瑠美さんをはじめ、志學館大学の原口泉教授を含む10名の大使は、「かごしま漬物」の魅力を紹介し、漬物商工業協同組合のイメージ向上、消費拡大を応援することを担います。 歌手前田瑠美さんが、「かごしま漬物大使」に任命された理由の一つに次のようなことがあると思われます。 それは、昨年、「東日本大震災」の被災地の福島県南相馬市で「鹿児島おごじょ前田瑠美ミニコンサ−ト&カラオケ大会」を2回、行いました。 その時、鹿児島県の水溜食品(株)と(株)北薩漬物のご好意によって、景品として頂いた漬物をプレゼントして、大変喜んでいただきました。 このように、「東日本大震災」の被災地の皆さんへ、いち早く「かごしま漬物」を届けた行動力とアイディアが高く評価されたと思います。 大使となった歌手前田瑠美さんは、「昨年、福島県南相馬市の2回の漬物のプレゼントをしました。あの時、大変喜んいただきました。そして、今年も6月2日(土)に南相馬市でコンサートを行います。その時も多くの『かごしま漬物』を持って行きます。今後も、機会ある毎に、美味しい『かごしま漬物』を積極的により一層PRしていきたいと思います。特に、私は、歌手として全国ライブを行っていますので、その場のトークなどの中にも取り入れていきたいと思います。」と意欲的なコメントをいただきました。 私は、私自身が漬け物好きで食卓には必ず置いています。「かごしま漬物」は、南国の風土と伝統に根ざした味で、非常に美味しい味です。全国の漬け物を愛好されている方々に「かごしま漬物」の味を今まで以上に味わって頂きたいのです。 その広報に、「かごしま漬物大使」に任命された歌手前田瑠美さんの活躍に、大いに期待いたします。 ◆写真:前田瑠美北薩応援の会提供 |
今日、4月29日は、「昭和の日」です。 「昭和の日」は、日本の国民の祝日の一つで、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」と『国民の祝日に関する法律』に定められています。 従来は、昭和天皇の「天皇誕生日」でした。昭和64年(1989年)1月7日、昭和天皇崩御により、天皇誕生日としての存続ができなくなりました。 その年、昭和64年(1989年)以降の4月29日は、「みどりの日」という名称に改められて、国民の祝日の一つになっていました。 その後、昭和に因んだ新祝日として存続させようというな意見が出され、いろいろ検討がなされ、国民の祝日に関する法律の一部を改正して、平成19年(2007年)4月29日から現在の「昭和の日」となっています。 今日、「昭和の日」に当たり、昭和時代を少し振り返ってみたいと思います。 昭和10年代の戦争、昭和20年代の戦争からの復興 そして、昭和30年代の日本の急速な経済等の発展、昭和39年(1964年)東京オリンピック・東海道新幹線開業、昭和45年(1970年)大阪万博、昭和60年(1985年)の大鳴門橋の開通など世界的に大きな出来事がありました。 私は、昭和14年(1939年)生まれですので、「昭和の日」にあらためて昭和時代を思い出す大切な日にしています。 ◆写真:平成24年4月28日(土)午後1時30分 出水市:出水小学校の新緑と国旗 |
歌謡界の大御所「畠山みどり」が、出水のステージに初登場されます。 最初の計画では、香田晋の予定でしたが、体調不良のため、その代役として、畠山みどりの登場となりました。 畠山みどりスペシャルコンサートは、5月13日(日)、の午後1時00分開演、夜の部:午後5時30分の昼夜の2回、出水市文化会館で行われます。 当日は特別出演としてMBCタレントの野口たくお、ゲストに日本コロンビアの藤本めぐみが出演されます。 そして、協力出演として地元のカラオケを歌う仲間達や日本舞踊ほかの皆さんが出演されます。 司会は、本社の専属キャスターの薩摩の重ちゃんです。薩摩の重ちゃんは、日本司会芸能協会正会員で、九州・四国担当です、いつも楽しくて・味わい深い話術の司会で人気があります。 当日は、大御所「畠山みどり」の外に、特別出演、ゲスト、地元の協力出演などもあって大変変化に富む楽しいテージになりそうです。その上、私は、大御所「畠山みどり」の『出世街道』や『浮世街道』、『どさんこ一代』などNHK紅白歌合戦で唄われたお馴染みの曲を久しぶりにたつぷりと直接聴けるものと思うと今からワクワクしています。 ◆写真:平成24年4月27日(金)午前11時30分 出水市:エスエス企画プロモーションの事務所にて ●「畠山みどり」スペシャルコンサート 日時:平成24年5月13日(日) 昼の部:午後1時00分開演、夜の部:午後5時30分開演 場所:出水市文化会館 入場料:S席3,500円(税込)、A席2,500円(税込)(当日券はいずれも500円増しとなります) ●お問い合せ先 エスエス企画プロモーション 0996ー62−5108 |
今日、5月3日は、「憲法記念日」で、日本の国民の祝日の一つになっています。 日本国憲法は、第二次世界大戦後、昭和21年(1946年)11月3日に公布され、昭和22年(1947年)5月3日に施行されました。 「憲法記念日」が施行されてから、今年は65年になります。 憲法記念日は、『国民の祝日に関する法律』〈祝日法〉では「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。」ことを趣旨とされています。 日本国憲法は、国民主権の原則に基づいて象徴天皇制を採り、個人の尊厳を基礎に基本的人権の尊重を掲げ、戦争の放棄の平和主義が定められていることなどを特徴としています。 私は、「憲法記念日」を迎えた今日、日本国憲法が公布され施行された当時を振り返るよい機会にしたいと思います。そして、今日の「憲法記念日」を機に、日本国憲法の理解をより一層深めていきたいと思っています。 ◆写真:平成23年10月2日(日)午後0時25分 東京都:国会議事堂 |
5月4日は、「みどりの日」で、日本の国民の祝日の一つです。 5月4日の「みどりの日」は、平成19年(2007年)から施行されたもので、今年で6回目になります。 4月29日は、「天皇誕生日」でした。昭和64年(1989)1月7日に、昭和天皇が崩御されましたのでその年から「天皇誕生日」は今上天皇の誕生日である12月23日になりました。 その4月29日は、ゴールデンウイークの一角を構成する祝日をということで、「みどりの日」と改めて祝日として存続することとなりました。「みどりの日」は、昭和天皇が、植物に造詣が深く、自然をこよなく愛しておられたことから「緑」にちなんだ名が相応しいという主旨から命名されたようです。 平成17年(2005年)の祝日法改正により、平成19年(2007年)以降4月29日を「昭和の日」とすることとなり、「みどりの日」は5月4日に移動されました。 このような経緯で、5月4日は「みどりの日」として、国民の祝日の一つとなり、ゴールデンウイークとして定着してきています。今、辺りは、新緑に包まれ、みどり一杯の景観です。「みどりの日」に相応しい日です。 私は、5月4日の「みどりの日」に、霧島市隼人に住む息子夫婦と今年の3月1日に生まれた孫の花緒(はなお)ちゃんの4名で、宮崎市までドライブしました。快晴の中、途中の山並みや街路樹は、若緑りの美しい風情でした。その風情と途中での森林浴を楽しみながらの旅でした。 そして、昼食は、宮崎市の「そば料理」でした。専門店だけあって、味も、盛りつけも、そして店の雰囲気も、「そば料理」店に相応しい店でした。 ◆写真:平成24年5月4日(祝)午後1時05分 宮崎県:宮崎自動車道を宮崎市へ向かう息子運転の自家用車の後部座席より |
今日、5月5日は、「こどもの日」、「立夏」、そして、「結婚記念日」です。 今年も、出水市立東出水小学校近くの米ノ津川に写真のように無数の鯉のぼりが泳いでいます。 新幹線線路側から東出水小学校をバックに写してみました。「風になびいて気持ちよさそうだな…」と思います。 「こどもの日」は、『国民の祝日に関する法律(祝日法)』によれと、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことを趣旨とされています。昭和23年(1948年)に公布・施行された『祝日法』によって制定されました。 また、二十四節気の一つの「立夏」は、「夏の気配が感じられるようになる時期」と言われています。 私は、夏の気配が感じられ、鯉のぼりの雄姿が見られる時になると、昭和42年(1967年)5月5日の「結婚記念日」を懐かしく想い出します。そして、平成20年(2008年)7月に他界した妻を思い出すのです。寂しさがこみ上げてきますが、一方、元気よく泳ぐ鯉のぼりの姿に勇気を頂いています。 私は、ゴールデンウイークの時期になると、一段と移り変わりゆく季節感を味わい、人生の変化にも触れる時となります。この時には、それぞれにより一層、対応して、元気よく、リズミカルに生活をしていきたいと思っています。 ◆写真:平成24年4月27日(金)午後2時55分 出水市:東出水小学校前の米ノ津川(「やなはし」近く)に架かる「鯉のぼり」、後方は東出水小学校 |
出水中央高校サッカー部(監督:近野隼人教諭)は、昨年度から「高円宮杯U−18サッカーリーグ2012 プリンスリーグ九州」の2部に属し、熱戦を展開しています。 昨年度、出水中央高校サッカー部は、2部で3位の好成績を得て、2位以内なら1部昇格という誠に惜しい結果でした。 今年度の2部リーグの構成は、@2011年度の1部リーグ11位・12位の2チーム、A2011年度の2部リーグ3位〜6位の4チーム、Bプリンスリーグ九州参入戦勝者4チームの計10チームで、ホーム&アウェイ方式で試合が行われています。 「高円宮杯U−18サッカーリーグ2012プリンスリーグ九州」は、九州サッカー協会が主催する大会です。 参加チームは、1部が12チーム、2部が10チームで構成されていて、九州の強豪チームが属し、出水中央高校は昨年度から2部に属しています。 試合は、1部・2部リーグ共に、前期が4月14日〜7月22日、後期が9月2日〜12月2日の期間で行われます。 今年1月6日(金)に完成記念試合が行われたばかりの新しい出水中央高校人工芝サッカー場での試合は、すでに終了の4月28日(土)・30日(休日)の2日間と今後の7月8日(土)、9月2日(日)、9月9日(日)、9月16日(日)、10月7日(日)の5日間、予定されています。 このように、出水中央高校人工芝サッカー場は、九州サッカー協会が、公式戦を行うに適したサッカー場として、高く評価されていることを意味しています。 私は、出水中央高校人工芝サッカー場で初めての公式戦となる4月28日(土)11時開始の出水中央高校対大分高校の熱戦を見学しました。試合は、結局2−3で出水中央高校が敗退しましたが、両軍の選手の動きもよく、高度で白熱した熱戦が展開されました。 これから、地元で、「高円宮杯U−18サッカーリーグ2012プリンスリーグ九州」の高度な試合を見学できることを、大変楽しみにしています。 そして、出水中央高校サッカー部の健闘をお祈りします。 ◆写真:平成24年4月28日(土)午前11時25分 「高円宮杯U−18サッカーリーグ2012 プリンスリーグ九州」 出水中央高校(黄)−大分高校(赤) 出水市:出水中央高等学校人工芝サッカー場 |
皆さんは、GWをどのように過ごされましたか? 私はゆっくりと過ごす予定でしたが、思いがけず、博多まで新幹線で靴さがしの旅に出かけることになりました。 なぜかというと…、 「靴を買おう」と思っていた私は、5月5日に鹿児島市内の靴屋を見て回りました。 ただ、店員さんと話しながら「この夏に訪れる予定のヨ−ロッパの石畳でも転ばない靴」、「雨の日でも転ばない靴」、「東光山にも歩いていける靴」、「ウオ−キングもできる靴」等々、自分の中にいろいろなニ−ズがあることに気付きました。 おまけに、どの靴も製造背景の理論が素晴しく、履き心地も良く感られました。 「このままだと一つに絞れない。購入できない」と頭を抱えた私を見て、買い物に付き添っていた娘が一言、「福岡に行きましょう」とつぶやきました。 学生時代に運動をしていた娘は、腰や膝を痛めているので、以前から身体にいい靴を探していました。今は、福岡にある靴屋を見つけ、たびたび訪れていることを知ってはいましたが、「福岡まで靴を買いに行くなんて…」と、内心全く予想していませんでした。 ただ、詳しく聞いてみると「身体の状態を見てその人に合った靴を勧めてくださる」とのこと。「せっかくなら、いい靴を買いたい」という気持ちがもたげてきたのも事実でしたし、「明日まで休みだ」ということもありましたので、行ってみることにしました。 福岡の靴屋の店主は、「お客様一人一人の足や腰のトラブルに合わせて中敷きを作ります。靴と共に、中敷きが大切さですよ」と強調されました。 そして、その店のパンフレットには、「旅行やレジャー、お仕事など様々な用途に適し、オールシーズン、そして、オールウェザーで履けるのが靴の魅力です。」と記されていました。 また、そこでは足の長さはもとより足の甲回りを測ったり、かかとや指の状態を診てくださったりしました。 靴選びにこれだけの時間や労力を使ったことのない私には、その全てがとても新鮮に感じられました。 鹿児島市内で悩んだ靴についても、足の状態に合うか合わないかといった点についてアドバイスしてくださったので、大変参考になりました。帰りの新幹線では夕日もクリアーに見え、ビールもすっきりと感じられました。 初めて足を踏み入れて探した靴…。私は、歩行を楽しみながら、大切に履き続けようと思います。 追伸;もちろんその店と鹿児島の店で靴を購入しましたが、サイズがなかった為、まだ手元に届いていません。写真は新緑がきれいな博多駅です。 ◆写真:平成24年5月6日(祝)午後0時45分(正面の大時計をご覧ください) 福岡県:JR博多駅(大時計の下に「博多駅」と標示されています) |
茶どころ出水では、今、「茶摘み」の最盛期を迎えています。 私は、快晴の5月10日(木)午前9時過ぎから出水市平和町の山床製茶の「茶摘み」を見学しました。 「茶摘み」は、写真のように「摘採機」で行われていました。 その「摘採機」は、花園章さん運転で、人の歩き程度の速度です。広大な茶園の茶は、みるみるうちに摘み取られていました。その茶は、トラックで自社の製茶工場へ、直ぐ、運ばれていました。 私が見学した平和町には、茶園が広がっています。ここの「茶摘み」は、4月中旬の1番茶から始まり、今は1番茶の「刈番茶」の摘み取り中でした。そして、2番茶、「刈番茶」、その後の3番茶、「刈番茶」と続き、最後の「秋冬番茶」の「茶摘み」が終わるのは10月で、年間7回行われているそうです。 当日は、「茶摘み」を見学した後、製茶工場へ行きました。機械化された工場では、全て自動で製茶されていました。 山床製茶工場長で出水地区茶業青年の会長の山床貴憲さんは、「今年の一番茶は、例年より寒くて成長が遅れ、4月中旬から『茶摘み』を始めました。味は、例年より美味しく仕上っています。ここ、出水地方は、高地が多くて霧が深く、さらに寒暖の差が大きいので茶の味の深みが増しています。土壌も茶の生育に適しています。美味しくて香りも高い銘茶の産地です。」と自信に満ちたコメントをされました。 私が、製茶工場を見学している時、出水市へ修学旅行で来て民泊している神戸市の中学3年生3名が民泊先の方と一緒に見学にきました。 3名は、好奇心が旺盛で、意欲的にいろいろと見学していました。お茶とお菓子が美味しそうでした。私は、「出水のお茶のお菓子の味、そして出水を忘れないでね。また、会いましょうとの意味を込めて、『See you again!』」と挨拶して見送りました。 私は、お茶の香り漂う茶園・製茶工場を見学した後、お茶を一服、いただきました。前述の神戸市の中学3年生が美味しそうにお茶のお代わりをして飲んでいるのを見た時、ここのお茶の美味しいのは、私だけではないと思いました。 ◆写真:平成24年5月10日(木)午前9時45分 出水市:平和町の山床製茶の茶園と「摘採機」(運転は花園章さん) ●(有)山床製茶の連絡先等 @お茶の銘柄(鹿児島出水銘茶 やすらぎのお茶 山床製茶) (深むし茶、上煎茶、紫尾、矢筈、愛宕、朝日岳など) A住所:出水市平和町553番地 B電話:0996−63−8456 0120−47−2251 |
今日、5月13日(日)は、「母の日」です。 「母の日」は、「日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日」として制定されています。 日本で「母の日」が制定されたのは、昭和6年(1931年)で、その時は3月6日、昭和12年(1937年)に5月8日に、そして、昭和24年(1949年)ごろから現在の5月の第2日曜日となったようです。 世界の多くの国々でも「母の日」が設けられておりアメリカ合衆国では、1914年に祝日として、5月の第2日曜日と定められています。 私は、母の日になると、母が寒い日も川で洗濯をしたり、薪で料理を作っていた頃を想い出します。それもそのはずです。「三種の神器」と呼ばれた「洗濯機・冷蔵庫・白黒テレビ」が登場したのが、昭和25年(1950年)代の後半ですから・・・。 昭和21年(1946年)に小学校へ入学した私は、戦後の食糧不足の時代を生きてきました。母の料理づくりは、冷蔵庫もなく大変だったと思います。その中で、運動会など行事の時は、「卵焼き」と「巻き寿司」をよく作っていました。そのためでか、今でも私は、「卵焼き」と「巻き寿司」は、大好きです。 今日は、母の日、今は亡き母親のいろいろな事を想い出しながら、今夜は、「卵焼き」と「巻き寿司」を我が家の献立にして、感謝の気持ちにしたいと思います。 ◆写真:平成24年5月10日(木)午後3時30分 出水市:市内のスーパーにて |
母の日の5月13日(日)、昼夜の2回、出水市文化会館で「畠山みどりオンステージ」が3部構成で行われました。 私は、夜の部を観覧しました。その第3部の「畠山みどりオンステージ」のオープニングは、昭和37年6月のデビュー曲『恋は神代の昔から』でした。 恋をしましょう 恋をして 浮いた浮いたで 暮らしましょ 熱い涙も 流しましょ 昔の人は 言いました 恋はするほど 艶がでる 恋はするほど 艶がでる この曲は、今年、芸能生活50周年を迎えられた今でも、畠山みどりさんの愛唱歌だと感じとれました。私も大好きな曲です。それは、私が教師としてデビューした昭和37年と同じ年だからです。私は、今でも、口ずさんでいます。 ステージの展開の中で、写真のような場面がありました。 出水市出身で、「NHK紅白歌合戦」の振り付けを担当、糸之社中を率いて振り付け・群舞を担当されている振り付け師の花柳糸之さんが「糸之さんの芋畑」に芋植えに出水に来られたのを機に面会される場面です。そして、畠山みどりさんが「ツルの餌代」として、出水市渋谷俊彦市長に贈呈さける場面です。この2つの場面に大きな拍手が贈られました。 また、昨年3月11日、「東日本大震災」時のことにも触れられました。「震災前日の10日、岩手県釜石市でコンサートを開いたこと。あの時、お越しくださった方の中には、尊い命を亡くされた多く方々がおられて、辛い思いです。昨年は桜の花も見ることができませんでした。」と。 そして、大震災の日に予定されていた畠山みどり50周年記念曲『また逢いませう』のレコーディングは中止、翌々日の3月13日にレコーディング、今では,想い出の曲として大切に歌っていますと紹介されました。 畠山さんの歌は、NHK紅白歌合戦で唄われたことのある『出世街道』や『浮世街道』、『どさんこ一代』など、私にとっては、お馴染みの曲ばかりで、それらの曲を久しぶりに、たつぷりと直接聴くことができて、最高の喜びでした。 私は、畠山さんと同じ昭和14年生まれです。そして、デビューも同じ昭和37年です。私は70歳で教師生活を終えましたが,今でも現役で活躍されている畠山さんに大きな拍手をお贈りします。そして,あの熱唱を直接、聴き、元気、覇気をいただきました。 ◆写真:平成24年5月13日(日)午後7時55分 第3部の「畠山みどりオンステージ」 畠山みどりさんが「ツルの餌代」を出水市長に贈呈され、市長が謝辞を述べられる場面 写真右から畠山みどりさん、花柳糸之さん、渋谷俊彦市長、左は司会の薩摩の重ちゃん 出水市:出水市文化会館 |
歌手の畠山みどりさん・振り付け師の花柳糸之さんは、5月14日(月)のMBCテレビの「ズバッと!鹿児島」に本社スタジオからから生出演されました。 歌手の畠山みどりさんは、13日(日)出水市文化会館での「畠山みどりオンステージ」のために40年振りに出水に来られました。 「ズバッと!鹿児島」の中で、畠山さんは、「昨日は、出水の多くの皆様から温かい拍手をいただき嬉しく思っています。北海道生まれの私は、出水のツルに関心があります。今度は、ツルの時期に訪問したいと思います。今後の予定として、55周年・60周年記念リサイタルを開きたい。」と意欲的に述べておられました。 振り付け師の花柳糸之さんは、出水市のご出身で、昨年、出水に開設の「糸之さんの芋畑」に、芋植をされるために、出水に帰省されていました。 「ズバッと!鹿児島」の中で、花柳さんは、「私は、出水により一層元気を呼びたいと思って『糸之さんの芋畑』を開設しました。昨年、初めての収穫の一部を大震災の福島の学校給食用にオレンジ芋を贈りました。大変喜んでいただきましたので、今年の収穫時には、福島の小・中学生を出水に招待したいと思っています。」と述べておられました。 畠山さんと花柳さんは、50年来のお付き合いということで、東京でのリサイタル等では、一緒に取り組んでおられるそうです。ここ出水での13日の文化会館での面会、14日の「ズバッと!鹿児島」での出演は、より一層親交が深まったことでしょう。 司会は、本社の専属キャスターの薩摩の重ちゃんです。13日の「畠山みどりオンステージ」の昼夜2回の司会も担当されましたが、お疲れの様子もなく、爽やかな司会でした。 私は、生放送の後、歌謡界の大御所の畠山みどりさん、「NHK紅白歌合戦」の振り付けを担当されるなど振り付け師の花柳糸之さんのお二人とお話ができました。 著名なお二人は、明るく、楽しく、そして、意欲的な方々でした。 ◆写真:平成24年5月14日(月)午前10時15分 MBCテレビ「ズバッと!鹿児島」の生放送中 写真は、向かって右から花柳糸之さん、畠山みどりさん、司会の薩摩の重ちゃん 出水市:「鹿児島いずみテレビのスタジオ」 |
「フレッシュリ−グ,2012クレインカップ争奪春季九州南部地区連盟大会」の開会式が、5月3日(祝)午前9時から出水市野球場で行われました。 その折、出水中央高校吹奏楽部95名は、福島玲士先生の指揮で12曲を演奏しました。 開会式では、先ず、開会を告げるアナウンスが終わると同時にファンファーレで『ファンファーレ1』が演奏されました。選手入場では、『栄冠は君に輝く』と『アメリカンシンフォニー』の2曲が交互に力強くリズミカルに演奏されました。 そして、国旗並びに連盟旗・読売旗掲揚で『君が代』、優勝旗返還で『得賞歌』が演奏されました。開会式が終わり選手退場では『ハピネス』が演奏されました。司会進行のアナウンスと一体となって、開会式が気持ちよく展開しました。 開会式の前におよそ30分間、『世界に一つだけの花』や『マツケンサンバ』、『AKBメドレー』、『ウィーアー』、『ペコリレッスン』、『ザ・ピース』の6曲が演奏されました。野球場全体が演奏会のような雰囲気になり、演奏に満喫されている観客も見受けられました。 顧問で指揮者の福島玲士先生は、「新入生は、公式の場で初めての演奏でした。練習の成果が出ており自信につながってくれればと思います。」と評価しておられました。 保護者会の休坂博文会長は、「演奏が野球場一杯にこだましていました。新入生と一緒の初めての演奏でしたが、よく演奏していたと思います。」とにこやかにコメントされました。 この大会は、7回目を数える伝統ある少年野球大会で、小学部17チ−ム、中学部26チ−ムが参加して5月5日までの3日間、恵まれた天候の中で行われました。参加チ−ムには、福岡・熊本・大分県などからもあり、この大会の大きさを物語っています。 私は、毎年、開会式を見学しています。毎年、選手の皆さんは、小学部から元気良く、はつらつと行進し、開会式も整然としています。スタンドでは、保護者の方々は、随所に大きな拍手を贈られるなど心から温かく応援されています。 そして、出水中央高校吹奏楽部の演奏は、毎年、高く評価されています。観客の中には、その生演奏を聴くのを楽しみにされている方も多いようです。 今年は、スタンドに中学生の団体の姿がありました、その皆さんは、近くの中学校吹奏楽部の皆さんでした。 ◆写真:平成24年5月3日(祝)午前9時05分 出水市:出水市野球場で選手入場で演奏中の出水中央高校吹奏楽部95名・福島先生 |
今、鹿児島市での話題の中心は、鹿児島中央駅前に「食と語らいのオアシス」のキャッチフレーズで4月26日(木)にオープンした「かごっま屋台村」では、なかろうかと思います。 私は、ここ「かごっま屋台村」にGWの4月29日(日)夜、娘とその友人の3名で訪れてみました。 当日は、雨の降る悪天候でしたが、利用客は非常に多く、25軒の店はどこも満席で、賑わっていました。 どんな店があるのか一周して見た後、奄美に勤務したことがありましたので懐かしさもあり、奄美料理の「愛加那」ののれんをくぐりました。、『鶏飯』と『油ソーメン』、そして、『黒糖焼酎』などを注文して、久しぶりに奄美の味を味わいました。 カウンター席でしたので、隣の方々とも会話が弾みました。私の隣は熊本県からのお客様でしたが、お互いに『黒糖焼酎』を飲みながら、楽しい会話が続きました。このようなきさくな雰囲気が、ここ「かごっま屋台村」の特徴の一つなのかもしれませんね。 「かごっま屋台村」は、地元の利用客もちろんですが、鹿児島中央駅に近いこともあって、新幹線利用客の利用も多くなることと思われます。その意味で、鹿児島の情報発信の場としての大きな役割もありそうです。 そして、私は、これから「かごっま屋台村」の25軒の店を全て回って、いろいろな味を味わってみたいと思っています。 ◆写真:平成24年4月29日(日)午後10時25分 鹿児島市:「かごつま屋台村」の入り口付近にて |
今日、5月21日は、二十四節気の一つの「小満(しょうまん)」です。 「小満」は、『暦便覧』には「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と記されています。 具体的には、秋に撒いた麦が穂を付けると、まずは一安心という意味で、小さい満足と呼んでいたようです。そのことから、この時を「小満」と呼ぶようになったと言われています。 出水の特産館近くの国道328号沿いの農業地帯には、写真のように、小麦の栽培がみられます。秋に撒いた麦が穂を付けて豊作の成長を漂わせています。 このことから、今年の農作物は、「今のところは、順調だ」と呼べる「小満」の状況です。このまま、今年も全ての作物が順調に成長して、豊作の収穫となることが予想されます。 私は、今年も二十四節気を取り上げています。今日の「小満」をはじめ、それぞれの言葉は、日常生活との関わりを意味しています。それぞれの言葉を取り上げることによって、自分自身のその言葉の意味を噛みしめて生活に役立てています。 ◆写真:平成24年5月21日(月)午前11時45分 出水市:国道328号沿い特産館近くの農業地帯(後方の高い山は矢筈岳=標高 687m) |
今朝、出水市西出水・五万石町の自宅から、写真のような「金環日食」を観測することができました。 太陽の中心部に月が隠れてリング状に見える現象で生じる「金環日食」は、午前7時19分頃から約5分足らずの短い時間でした。 今朝の出水地方の天気は、雨が予報されていました。観測は、駄目かと思っていましたが、幸いにも雲の隙間からはっきりと見ることができました。 この「金環日食」は、54年振りの観測ということで誠に貴重な現象だと思い、以前からその心構えをし、楽しみにしておりした。 今朝、「金環日食」の発生の時、私は、私自身が今まで見たことのない天体現象の一場面に触れることができました。この時、非常な感動と喜びを得ました。 ◆写真:平成24年5月21日(月)午前7時20分 出水市:西出水・五万石町の自宅にて |
今日、「2012年(平成24年)5月22日(火)」は、日本の歴史に残る、世界一高い「東京スカイツリー(Tokyo Sky
Tree)」の開業の日です 634mの高さは、東京近辺の旧国名である武蔵国(「むさし」のくに)の語呂合わせも考慮したといわれています。 写真の「東京スカイツリー」は、2008年(平成20年)6月に新タワーのネーミングが「東京スカイツリー」に決定、7月に着工されていました。 そして、昨年(2011年)3月18日に最高の634mに到達しました。 その高さは、2011年11月17日に世界一高いタワーとしてギネス世界記録の認定を受けています。 「東京スカイツリー」は、地上デジタル放送の送信塔として、開設されました。また、東京の観光地として、大きく脚光を浴びています。 ▲『天望回廊』(地上445mから450m) 展望台の外側にチューブ状の通路をめぐらし、445mから穏やかな傾斜を上がりながら最高の450mの最高点に達します。その間、360度の眺望が楽しめるそうです。ガラス張りの回廊が続き、まるで空中を散歩しているような感覚が味わえるそうです。 ▲『天望デッキ』(地上350m) 地上350mに位置し、5mを超える大型のガラスを360度に配置し、タワーの足元から約70km先まで眺望できるように開放的な造りになっているそうです。 私は、世界一高い「東京スカイツリー」の開業に敬意を表します。 昨年から今年、東京の娘宅へ数回行きましたが、その折、「東京スカイツリー」を眺望していました。高いビルの林立する東京の中にあって、一段と高く聳える「東京スカイツリー」は、設計から建設と日本の土木技術の素晴らしさに驚きを感じています。 今年の1月31日(火)に、私は、残雪の見られる非常に寒い中を「東京スカイツリー」の直近まで行き、その雄大さと美しさに感動しました。当時は、一部工事中でした。 今日、開業の「東京スカイツリー」に、今度は、地上450mの『天望回廊』へ登り、東京のならず、関東平野を見渡してみたいと思っています。 ◆写真:平成24年1月31日(火)午後0時26分 「東京スカイツリー」 東京都:隅田川を挟んで「浅草」側から |
「NHKのど自慢」が5月20日(日)、阿久根市総合体育館から生放送されました。 阿久根市市制施行60周年を祝う「NHKのど自慢」は、約1,800名の観客を集め、ゲストに森進一と神野美伽のお二人をお迎えして行われました。 私は、幸いにも入場整理券をいただきましたので、大好きな番組を見学できました。 出場者20組は、250組の予選をクリアした方々とあって、5組の合格者以外の皆さんも役者揃いで、私もついつい乗せられてしまう楽しい雰囲気でした。 会場には、応援の横断幕もそれぞれに張られ、応援も必死でした。 司会者の徳田章アナは、巧みな話術で出場者20組とのト−クもさえ、出場者は勿論のこと、会場の皆さんも引き付けられて、45分の生放送が直ぐ終わってしまいました。 私は、ゲストの森進一と神野美伽のお二人とも、初めて拝顔して生の唄を聞きました。お二人は、生放送中に1曲、放送後に2曲、それぞれ熱唱されました。 放送後の2曲で、特に、鹿児島県の出身の森進一は、「港町ブルース」と「おふくろさん」を披露されました。 「港町ブルース」は、1969年(昭和44年)4月に発売された曲で、北海道函館市を皮切りとして、鹿児島県鹿児島市まで日本列島を南下するように多くの港町が登場しています。 「おふくろさん」1971年(昭和46年)に発売されました。1999年(平成元年)に下甑島(薩摩川内市下甑町手打)に歌碑が建立されています。 数多い曲の中から鹿児島にゆかりの2曲を心を込めて唄われましたので、会場からは一段と大きな拍手が贈られました。 私は、出場者20組の歌とゲストのお二人の歌を楽しく聴きました。出場者20組の歌には、その歌に関する想い出、例えば、この歌には「おじいちゃん」への感謝の気持ちが入っていますなど。その時、会場の、「おじいちゃん」に徳田章アナが話しかけられるなど・・・。 当日は、小雨の降る天候でしたが、会場の音響や照明など特設されて体育館とは思えない立派な雰囲気で、その上、舞台と観客席とが一体となった楽しい番組でした。 私は、日曜お昼の「NHKのど自慢」は、歌を通していろいろなことを学び、その上、その土地の情報も知ることができるから大好きです。 そのため、ほぼ毎週、見ています。阿久根市からの生放送は、テレビでは見られない会場全体が見渡せて、楽しみも格別でした。 これからは、テレビを通じて、全国各地からの放送を楽しみたいと思います。 ◆写真:平成24年5月20日(日)午前11時50分 阿久根市:阿久根市総合体育館の「NHKのど自慢」の看板と入場風景 (会場内での写真撮影が禁じられていましたので、ご了承ください) |
私は、5月22日(火)ヤフードームへ行き、ソフトバンクホークス対広島カープ戦を観戦しました。 私は、ソフトバンクホークスが大好きです。以前は、「西鉄」ライオンズでした。はやり、九州のチームだからなのでしょうネ!。 今回、他にも博多行きの用事がありましたので、この事も兼ねて、ヤフードームへ行き、10年振り2回目のドームでの応援をしてきました。 当日は、小久保選手が試合前に、「後3本で2,000本安打、今夜達成なるか」の話題があり、34,494名の多数の観客で賑わいました。結局、小久保選手は2本ヒットを打ち、後1本となりました。 私は、「JRホークス応援きっぷ」を出水駅で購入し、当日、ヤフードームで指定券に交換しての入場でした。座席は、写真の位置で、特別内野席の3塁側の前から11列目という非常に良い席でした。午後4時20分の開門と同時に入場して、広島カープの打撃練習や両軍の守備練習、そして、午後6時03分開始から9時30分の終了まで試合を全て観戦しました。その間、プロの「技」を直接、随所に見ることができ、感動の連続でした。 試合は、ソフトバンクホークスが初回に5点を入れて、優位に展開し、結局、9対1で勝ちました。本多選手の復帰などで、打線のつながりもあって、楽しみながら安心して声援しました。 私は、ラジオの実況放送をイヤホーンで聴きながら、そして、双眼鏡で選手の表情を追い求めながら観戦しました。ラジオと双眼鏡からの情報で「立体的」?に観戦できて、楽しみも倍増でした。 ドームでは、電光掲示板のいろいろな変化に富む楽しい標示、両軍の応援団の迫力、ラッキーセブンの風船の乱舞、試合後の花火の美など・・・。そして、花火が終わると、ドームの天井が開き始めました。ドームが開くと、後方のホテルがはっきりと見られ、心地よい風も入ってきました。23日(水)の試合は、ドームを開いての試合「ルーフオープンデー」と紹介されました。 ソフトバンクホークスは、昨年、圧倒的な強さで、多くの楽しみを与えてくれました。テレビや新聞を見るのが大変楽しみでした。今年は、著名選手の移籍などもあって苦戦していますね。今後、ベテラン・中堅・若手選手の良い面が組み合わされて、昨年のような良い結果を残してほしいと、私は、願っています。 ◆写真:平成24年5月22日(火)午後6時21分 ソフトバンクホークス対広島カープ戦(ソフトバンクホークス1回裏の攻撃中) 福岡県:ヤフードーム (正面の「VV」等と記された大きな2枚の黄色の布でヤフードームとお分かりと思います) |
私は、出水市明神町の大迫誠一様宅へ神戸の中学生の民泊があることを聞き、見学へ行きました。 今日(28日)午前10時頃、大迫様宅へ行くと、6名の女子中学生は、「花壇づくり」に汗を流していました。 竹をのこぎりてで切り、それをナタで割っているグループ、その竹を花壇づくりのためにハンマーで打ち付けているグループでした。 しばらくすると全員で「花壇づくり」に取りかかりました。 写真は、その時の様子です。6名は強い日差しを浴びながら、真剣な眼差しで取り組んでいました。慣れない手つきで取り組む中学生には、大変だったと思われますが、「マリーゴールド」を植え付けて完了した時は、嬉しそうににこやかでした。 途中のお茶の時間に6名の女子中学生に今回の南九州の修学旅行で印象に残っていることを聞きました。 @初日(26日)新幹線で新神戸駅を出発、鹿児島中央駅に着き。班別学習で桜島へ行きました。壮大な山に感動しましたが、あの灰には驚きました。鹿児島市のホテルに宿泊。 A2日(27日)目、知覧へ行き、特攻基地のことなどを勉強しました。また、人吉の川下りの激流に感動しました。観光バスで出水クレインパーク着、移動して各家庭に民泊。 B3日(28日)目の今日は、「花壇づくり」に取り組みました。慣れなくて大変でしたが、花壇が出来上がり花を植えて完成したときは感激しました。新幹線出水駅から新神戸駅へ。 また、自分たちで料理した「たまねぎのサラダ」、「じゃがいもの味噌汁」の美味しかったこと、そして、「スポーツ吹矢」を体験したことなど、いろいろな体験を楽しそうに話していました。 部活動にも話が展開しました。6名とも部活動(ソフトテニス、バスケットボール、剣道、バレーボール部)をしており、まもなく始まる最後の大会に向けて頑張りますと力強く話していました。良い結果を残してほしいと願っています。 受け入れの大迫誠一様は、「今年は、8中学校の生徒の皆さんを受け入れます。今回は6校目になります。皆さんは農業体験は勿論、食事の準備なども積極的に取り組んでよく動いています。今日の6名の皆さんも何事にも意欲的でした。」と楽しそうに話してくださいました。 私は、関西弁での会話に親しみを感じながら、6名の女子中学生とトークをしました。方言で通じない時は、「英語」を使うのも一つかもしれませんよ。私が大阪府立高校勤務の時、方言が出てしまって言葉が通じない時がありました。その時、「英語」を使って進めたことがありました。また、私がアメリカ留学の時は、PETで始まる単語をよく使いました。それは、「どうぞ、すみません、ありがとう」でした・・・と。 今朝、大迫誠一様宅で楽しく会話をした6名の女子中学生の皆さんが、これを機に出水に関心をもっていただくと共に、大きく成長して欲しいと心からお祈りいたします。 ◆写真:平成24年5月28日(月)午前10時15分 出水市:明神町の大迫誠一様宅にて ●神戸市立A中学生は、およそ300名、出水市内の今回の民泊は、78軒。 |
昨日(27日)夕方、観光バスで出水クレインパーク着、各家庭に移動して民泊をしていた神戸市立A中学3年生およそ300名は、78軒に民泊して、農業体験等に取り組みました。 その皆さんは今日(28日)午後0時50分に出水駅西口前の芝生に、全員無事に集合しました。 その後、写真のように離村式が行われました。 総合司会は、NPO法人環不知火プランニング出水事務所の宮田成男所長が担当されました。 離村式の司会は、A中学校の生徒さんの担当でした。先ず、78軒の民泊者を代表して野田町の方からのあいさつで「泣こよか、ひっ飛べ」を紹介されました。そして、A中学校を代表して、女子中学生の真心のこもったお礼のことばがありました。その後、出水市からの記念品贈呈で渋谷俊彦市長から直接中学生に贈られました。 そして、渋谷俊彦市長は、「『ゆくさ、おじゃいやした』とあいさつされた後、この出水で民泊したことをこれからの学校生活に活かして、頑張ってください。」とあいさつされました。 式の後、各家庭とのあいさつの時間がありました。感動して「涙」の場面がありました。私は、大迫誠一様宅でしばらくの時間おしゃべりした6名の中学生が、私に「PET」を大事にしますといって話しかけたのには驚きました。 私は、トークの中で取り上げた「PET」を直ぐに反応して、私に話しかける感受性の強い中学生に、感動しながら、気持ちよく見送りました。 皆さんは、14時46分、出水駅発の新幹線で新神戸駅へ帰られました。 ◆写真:平成24年5月28日(月)午後1時05分 出水市渋谷俊彦市長のあいさつ 出水市:出水駅西口前の芝生にて |
出水中央高校吹奏楽部は、県立出水養護学校大運動会で演奏しました。 今年で13回目を数える出水養護学校の大運動会は、5月26日(土)、同校のグラウンドで行われました。 出水中央高校吹奏楽部は、8年連続の演奏になるそうです。 95名の吹奏楽部の皆さんは、大運動会の本番前にも、およそ45分間、『世界に一つだけの花』、『マツケンサンバ』、『AKBメドレー』などの曲を演奏していました。 開会式では、『ファンファ−レ』に続いて、『アフリカンシンフォニー』が入場行進曲として演奏されました。そして、国旗・県旗・校旗掲揚では『国歌』が演奏されました。 式の後、「吹奏楽演奏」として約5分間、時間が設定されています。今年は、『ザ・ピース』が演奏されました。児童・生徒の皆さんをはじめ、会場の皆さんは、演奏に耳を傾け、楽しそうに聞き入っておられました。 顧問の福島玲士先生は、「8年連続、大運動会で演奏していますが、いつも児童・生徒の皆さん、会場の皆さんに喜んでいただいて幸せです。」とコメントしてくださいました。 近くの主婦(72歳)は、「毎年、ここでの出水中央高校吹奏楽部の演奏を聴きにきています。いつも素晴らしい演奏に吸い込まれてしまいます。また、運動会の競技も楽しみにしています。」と私に話しかけてくださいました。 私も、同じような気持ちで毎年、見学しています。特に、全国レベルの出水中央高校吹奏楽部の演奏は、ハ−モニ−がよくて、いつも楽しく聴いています。 ◆写真:平成24年5月26日(土)午前10時10分 出水中央高校吹奏楽部の演奏の場面 出水市:県立出水養護学校グラウンド |
13回目を数える鹿児島県立出水護学校の大運動会は、5月26日(土)に、同校のグラウンドで行われました。
当日、天候が危ぶまれ、午前の2種目省略されましたが、その他の10種目は、午後まで実施されました。 開会式の校長あいさつで、今春着任の猿渡努校長先生は、「天候が心配されていますが、グラウンドで行います。大会スローガン『みんな 笑顔 チャレンジ 〜きずな〜』の実現に頑張ってください。今日は、出水中央高校の吹奏楽部のみなさんをはじめ市内5高校の皆さんのボランティアに感謝します。」と天候を気にしながら述べられました。 競技の小学部・中学部・高等部の皆さんの徒歩競争では、ゴールを目指して、一生懸命に走っていました。中には、先生方の参加もあって、場内から大きな拍手が贈られていました。 表現ダンスでは、小学部「○○で元気でモリモリ」・中学部「いずようエイー」・高等部「いずようソーラン2012」は、曲に乗り、楽しそうに表現していました。写真の鮮やかなスカイバルーンの広がった演技は、プログラム5番の小学部表現ダンス「○○で元気でモリモリ」の場面です。 私は、毎年、見学していますが、児童生徒の皆さんが、いつも明るく元気よく参加しています。また、保護者の皆さんは、保護者用のテント席から身を乗り出して大きな声で応援しておられます。そして、出水中央高校吹奏部をはじめ、出水市内の5高校からボランティアの参加もありました。私は、いつも、その一つ一つに感動し、出水養護学校の大運動会を大変、楽しみにしています。 ◆写真:平成24年5月26日(土)午前11時30分 プログラム5番の小学部表現ダンス「○○で元気でモリモリ」の場面 出水市:鹿児島県立出水養護学校グラウンド |
出水中央高校吹奏楽部は、5月27日(日)午前10時から約1時間15分、同校吹奏楽練習ホールで、「ご近所感謝ミニコンサート」を開催されました。 このミニコンサートは、「日ごろ、騒音等でご迷惑をおかけしているご近所の皆様へ、感謝の気持ちを込めた演奏をお聴きいただく演奏会」と位置づけて、初めて行われました。 演奏に先立ち、寶亀道隆校長先生が、初めて企画の「ご近所感謝ミニコンサート」について説明され、感謝の気持ちを述べられました。 続いて、吹奏楽部部長の休坂茉莉亜(教養課程3年)(Sax)さんは、「私たちは、毎日、早朝から遅くまで練習をしており、ご近所の皆様に大変ご迷惑をおかけしています。皆様のご理解どご協力で練習に打ち込むことができます。私たちは、皆様に心から感謝を申し上げます。今日は感謝の気持ちを込めて一生懸命演奏しますので、ごゆっくりお聞きください。」と挨拶しました。 演奏は、『世界に一つだけの花』がオープニングで、『生き物地球紀行』、『希望の空』、『1812年』と続きました。『365歩のマーチ』では1年生が力強く場内を行進する場面もありました。次の演歌『川の流れのように』と『愛燦々』が演奏されると雰囲気は大きく変わりました。 そして、東日本大震災地の復興を祈って『どんなときも』や『上を向いて歩こう』、『負けないで』が力強く演奏されると会場からも復興の祈りの気持ちが漂ってきました。その後、『マツケンソンバ』や『ザ・ピース』などが演奏されました。アンコールの声も発せられ、話題の曲『AKBメドレー』の明るくて楽しい演奏が終わるとフィナーレとなりました。 進行は、指揮者の福島玲士先生の巧みな話術で進められました。クラッシックや演歌、歌謡曲、ポピュラーソング。そして、歌あり、踊りあり、おしゃべりありの展開でした。その中で、福島先生は、「ご近所に大変お世話になっております。これからもお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。」と感謝の気持ちを随所で述べておられました。 当日は、五月晴れの爽やかな天候の中,お子さんからお年寄りまで、総勢200人を超える多くの方々が来られて、立ち見が出るほどの賑わいでした。 私は、「ご近所感謝ミニコンサート」の主旨に心を引かれ、良い企画だと感じました。出水中央高校の吹奏楽練習ホールは、完全防音となっていますが、パート練習などで他の場所での練習では、ご近所の皆様にご迷惑をかけていると思われます。 この「ミニコンサート」を見学して、多くの観客に驚きました。その上、近くの桜町自治公民館から花束が贈呈されました。地域の温かい声援をいただいている出水中央高吹奏楽部が、ますます活躍されることを心からお祈りいたします。 ◆写真:平成24年5月27日(日)午前11時10分 出水中央高校吹奏楽部の「ご近所感謝ミニコンサート」 出水市:出水中央高校吹奏楽練習ホール |
出水地方では、写真のように梅が青々と大きくなっています。 そして、今、その梅の収穫の時を迎えています。 この梅の実は、梅干しにしたり、梅酒にしたり、梅酢にしたり、梅肉エキスにしたり、梅みそにしたり・・・、いろいろと加工する方法がありますね。 先日、今年の梅を使った「梅みそ」を頂きました。青々とした旬な梅を用いた「梅みそ」は、我が家の食卓に飾り、食事の友にしています。美味しいですヨ。 梅干しは、我が家の食卓にはなくてはならない物の1つして重宝にしています。特に、私が勤めていた時の弁当には、必ず梅干しが添えられていました。今でもよく食べています。その酸っぱみのある味は食欲をそそる一つの味です。 その事もあって、今年も、梅干し作りに挑戦しています。 梅干し作りは、土用のころの天日干しまでも必要としますので、長期間必要です。今年も美味しい梅干し作りに、根気強く、粘り強く、取り組んでいきたいと思っています。 ◆写真:平成24年5月28日(月)午後9時55分 出水市:明神町のO宅の梅の実 |
6月4日(月)、九州南部が梅雨入りしたとみられると鹿児島地方気象台は、発表されました。 これは、平年より4日、昨年より12日遅いそうです。 梅雨時に咲く「アジサイ(紫陽花)」の花は、まだ少し早いようですが、紫や青、白、赤などの色が雨に打たれて鮮やかに咲く時となってきました。 5日(火)の午後2時ごろ、出水市西出水・江川野付近のオレンジロードを自家用車で走っていると道ばたに写真のような「アジサイ(紫陽花)」が小雨に濡れて咲いていました。 出水市では、上場の東雲の里「あじさい園」が有名ですが、道ばたでもよく見受けられます。 梅雨の時期が始まることを梅雨入りや入梅といい、気象学上は春の終わりであるとともに夏の始まり(初夏)とされています。いよいよ夏なのですね。そして、梅雨期には、土砂崩れ等の被害も予想されます。 梅雨明けは、九州南部の昨年が、6月28日(月)でした。平年は7月14日と言われていますので、昨年は非常に早い梅雨明けでした。 入梅で雨の続く日となりますが、移り変わりゆく四季折々の風情を楽しみながら、そして、自然環境にも充分に配慮しながら、毎日を楽しく過ごしていきたいものです。 ◆写真:平成24年6月5日(火)午後2時 出水市:出水市西出水・江川野付近のオレンジロードの道ばたにて |
出水市の中央を流れる米ノ津川のアユ漁は、毎年6月の第一日曜日が解禁となっています。 今年は、6月3日(日)でした。午前4時の花火の合図で、一斉に網を張り、アユ漁が始まりました。 写真は、1時間後の午前5時の状況です。春日橋近くから広瀬橋方面を写しました。 米ノ津川のアユ漁は、「建網漁」という方法です。高さ約1メートル50センチ、長さ10メートル〜60メートルの網を、川の両岸いわゆる川幅一杯に張り、この網に掛かったアユを直接、手で捕る漁法です。 私は、今回は見学のみでした。娘と一緒に午前3時40分頃、広瀬橋に着き、花火の合図を聞いてから河川敷へ行き、見学しました。数年前までは、知人宅に招待されて、数回、参加したことがあります。夜から焼酎等をいただきながら、テントの中で寝て、朝の4時前に起床して、アユ捕りを始めるのです。そして、捕れたてのアユの塩焼きなどを頂くと、何とも言えない美味しい味だったことを想い出しています。 午前4時の花火の合図の時は、未だ真っ暗です。川はひんやりとして冷たいです。 花火の合図と同時に各グループでは、一斉にアユ漁が始まりますが、また、たき火もされます。その炎は、川面を照らしてアユ捕りに役立と共に、冷たい川での漁の後の暖をとるのにも役立っていました。写真にも見られるように、たき火は貴重なのです。 11名で来られたグループの代表者は、「毎年来ていますが、今年は、例年より大きいのを沢山捕ることができました。今からこのアユを塩焼きにして、ビールや焼酎で美味しくいただきます。捕れるか心配でしたので、『ししゃも』を持ってきました。」と午前5時でしたが、にこやかにコメントしてくださいました。 今年は、米ノ津川の河川改修工事が終わって初めてのアユ漁の解禁でした。河川が整備され、足場はきれいでした。アユは大きく成長し、その上、沢山捕れたようです。皆さんの表情には、明るさが漂っていました。 捕れたアユは、直ぐクーラーボックスに入れて保管されます。捕れたてのアユは、その一部を河川敷で塩焼きや背ごしなどいろいろな料理にされます。残りは、各家庭の食卓へ。 当日、参加された皆さんは、新鮮なアユ料理を囲みながら、改修されて綺麗になった河川敷でいつまでも歓談が続いたことでしょう。そして、ご家庭でも・・・。 ◆写真:平成24年6月3日(日)午前5時 出水市:米ノ津川の春日橋近くから広瀬橋方面を望む |
出水中央高校吹奏楽部は、第61回鹿児島県高等学校音楽祭の最後のステージに登場、誠に見事な演技を披露しました。 県高等学校音楽祭は、5月31日(木)・6月1日(金)の2日間、宝山ホールで行われました。 演奏は、演歌があったり、民謡があったり、そして、踊りがあったりして、各高校の楽しい演技が披露されました。 会場は、笑いに包まれたり、手拍子に包まれたりして、県高校吹奏楽コンクールとは大きく異なる雰囲気でした。 出水中央高校吹奏楽部は、2日目の最後の「大トリ」として、午後6時過ぎに登場しました。冬服で登場する出水中央高校吹奏楽部の皆さんに大きな拍手が贈られました。 演奏は、福島玲士先生の指揮で、先ず、2・3年生58名によって『セドナ』でした。この曲は、吹奏楽の醍醐味を表現する曲でした。その難しい曲の高度な演奏に、満員の観客は、吸い込まれておられ、その「奏」に大きな拍手が贈られていました。 その間に、1年生も登場して部員93名がステージに勢揃いしました。 そして、2曲目の『ザ・ピース』の演奏が始まりました。この曲は、93名が演奏しながらステージ一杯を動き回る構成でした。若者らしく、元気よく、見事な演奏の中に、踊りを入れたり、歌を入れたり、声を入れたりして変化に富む構成に観客とステージとが一体となり、その「舞」は、高く評価されていました。 私は、限られた演奏時間(9分)の中で、『セドナ』と『ザ・ピース』の2曲を披露された出水中央高校吹奏楽部の演奏に心から大きな拍手を贈ります。前者の高度な「奏」、後者の楽しい「舞」は、県高校音楽祭の「大トリ」に相応しい選曲・演技でした。 私は、2日目の午後を観覧しました。各学校の楽しい演奏に心を引かれ感動の連続でした。観客も多くて、県高等学校音楽祭の人気の高いことが分かりました。 ◆写真:平成24年6月1日(金)午後6時15分 第61回鹿児島県高等学校音楽祭 出水中央高校吹奏楽部の93名が『ザ・ピース』を演技中 鹿児島市:宝山ホール |
今日、6月10日は「時の記念日」です。 「時の記念日」は、天智天皇10年の4月25日(太陽暦に直すと671年の6月10日)に漏刻(水時計)が設置され、宮中に時がつげられるようになったのを記念するとされています。 そして、大正9年(1920年)に6月10日を「時の記念日」として、制定されました。 私は、「時の記念日」に当たり、@時間を守ること、A時間を大切にすることの大切さを改めて、自覚したいと思います。 @時間を守ることは、社会生活を行っていく上で、他人の信頼を得る上で非常に大事なことです。「時間厳守」は、大事なことですね。 A時間を大切にすることは、「時は金なり」(Time is money)と表現されています。旺文社の『成語林』によりますと「『時は金なり』は、時間は金と同じくらい価値のある貴重なものであり、むだに費やしてはならないということ。」とあります。 私は、@時間を守ること、A時間を大切にすることの大切さを、自覚して、毎日をリズムカルに、そして、大事に過ごしていきたいと思います。 ◆写真:平成24年6月10日(日)午後1時50分 出水市:出水市内のある高校の正面玄関棟上部の時計です。高校は、どこでしょうか。 |
出水市野田町餅井では、ハナショウブが鮮やかに咲いています。 ここ西田ショウブ園は、出水市と阿久根市の境の国道3号沿いで、おれんじ鉄道の間にあります。見学は無料で、駐車場(国道3号をはさんでいます)もあります。 私は、毎年この時期になりますと、この西田ショウブ園の約70種類50万本の色とりどりのハナショウブを観るのが好きで、今年も6月10日(日)に訪れてみました。 当日は、梅雨の晴れ間の好天気で、暑い気候でした。多くの方々が観賞に訪れておられました。 霧島市から来られたご夫妻は、「この色とりどりのハナショウブを観るのが好きで毎年、来ています。そして、株のついたハナショウブを買って帰り、家の空き地に植えています。家でも綺麗に咲いています。」とコメントされました。 園主の西田薫さん、奥様の瞳さん、そして、お嬢さんの先立京子さんの3名は、鑑賞者に説明をされたり、株の販売などをされていました。西田薫さんは、「この時期が終わると施肥をします。そして、来年のつぼみの時期にも施肥をします。以前は堆肥をまいていましたが、今では化学肥料です。除草等を行って手入れをしていますよ。」とにこやかに話してくださいました。 私は、今年も美しい西田ショウブ園を訪れることができました。美しい見事な開花には、施肥などいろいろな手入れのあることが分かりました。ショウブ園は、写真でもお分かりのように、紫や青、白などが鮮やかで、その彩りに吸い込まれてしまいます。 そして、ショウブとおれんじ鉄道の列車の2ショツトにもご注目ください。 ◆写真:平成24年6月10日(日)午後0時18分 出水市:野田町餅井の西田ショウブ園とおれんじ鉄道 |
出水中央高校の第38回文化祭は、6月9日(土)、体育館等で行われました。 文化祭テーマ「Smile!わっしょい!〜絶えない笑顔をこれからも〜」のもと、@舞台部門、A展示部門、B食品バザー・物品販売の3部門で行われました。 @舞台部門は、体育館で14のプログラムで進められました。 演技は、吹奏楽に、ダンスに、劇に、合唱に、バンドに、そして、今回は特に漫才もあり、それぞれに持ち味が発揮されて、素晴らしい内容でした。 舞台部門の文化祭大賞は、特進課程2年2組が劇「眠れる森の微女」で受賞しました。写真がその1場面です。学級担任の演技の場面もあるなど楽しい展開でした。 また、オ−プニングとトリの2回出演した吹奏楽部は、『希望の空』や『ワイルドアットハート』、『ザ・ピース』などを演奏して、会場一杯の観客に美しいハ−モニ−を届けました。 体育館一杯を埋め尽くした生徒や保護者等の観客は、演技者の必死な演技に感動され随所に大きな拍手を贈っておられました。 A展示部門は、14団体の発表がありました。 部門展示は、映画、身近な科学、福祉用具など変化に富む展示や実習がありました。 展示部門の文化祭大賞は、看護学科専門課程1年1組が「不思議な国の専科」で選ばれました。 私は、特進課程1年1組の「ピタゴラスイッチ風」を見学しました。パチンコ玉がホースの中を通り、途中の障害物を通り抜けて最後のゴールの瓶の中の水を吹き出す仕掛けでした。私が訪れた時は3回目でしたが、その時に初めて成功したということで、担当者の喜びと見学者の驚きで大きな拍手がわき起こりました。 B食品バザー・物品販売は、5団体でした。うどんやたこやき、パン、ジュース、ポップコンなどが販売されていました。PTAによるパンとジュースの販売もありました。私は、うどんとたこやきを昼食に食べました。非常に美味しい味でした。 当日は、8時35分から始まった開会式から閉会式まで、多くの観客で大盛況でした。各演技・展示・食品バザー・物品販売に、生徒のみんさんは、真剣に一生懸命に取り組んでいました。その燃える若者の「表現の美」は、保護者をはじめ中学生など多くの観客の皆さんを呼ぶ原動力であったと思います。 私は、燃える若者の「表現の美」を随所に見ることができて、観客の皆さんと同様に感動の連続でした。 ◆写真:平成24年6月9日(土)午前11時45分 プログラム12番:特進課程2年2組の劇「眠れる森の微女」の場面 出水市:出水中央高校体育館 |
ビワが梅雨の小雨に映えて、美味しそうに熟しています。 ビワは、初夏の味覚として愛され、出水地方の各家庭の庭先などに栽培されています。 全国的には、鹿児島県や長崎県、千葉県など太平洋側の温暖な気候の土地が、収穫の多い地域と言われています。 特に、長崎県は、日本一の生産量を誇るビア産地です。長崎県産のビアは、昔から「茂木ビア」の銘柄で全国の消費者に親しまれています。その「ビア」は、1800年代に中国から伝来し、「茂木」から全国各地へ伝わっていったと言われています。 私は、幼少の頃からこの時期になるとビワをよく食べていました。今でも、初夏の味覚としてビワの美味しさを味わいながら食べています。その美味で、体力を付けて今年の梅雨を乗り切りたいと思っています。 ◆写真:平成24年6月15日(金)午後2時45分 長島町:鷹巣にて |
今日、6月17日(日)は、「父の日」です。 「父の日」は、「父に感謝を表す日」として、6月第三日曜日と制定され、今年は今日(6月17日)がその日になります。 「父の日」の起源は、1910年6月19日にアメリカ・ワシントン州スポケーンで父の日の祝典が行われたのが最初だと言われています。 当時、すでに「母の日」が始まっていたため、「母の日のように父に感謝する日を」としてスタートしたようです。 日本の「父の日」は、1950年頃から広まり始め、一般的な行事となったのは1980年代と言われています。アメリカと同様に6月の第三日曜日です。 「父の日」に当たり、私は、父親とは如何にあるべきかを常に考えて行動しています。そのためには、愛情を常に持ちながら、溺愛であつたり、過干渉であったり、過保護であったりしてはいけないと思っています。 私は、父の日の今日は、霧島市に住む息子宅で朝を迎えました。3月に生まれた孫の花緒ちゃんと仲良くしています。今月の下旬には東京都小金井市に住む娘宅へ行きます。そこには、昨年7月に生まれた夏実ちゃんを含めて3名の孫がいます。皆さんに会えるのを楽しみにしています。 私は、父として、祖父として、愛され信頼される姿で接していきたいと思っています。 ◆写真:平成24年6月12日(火)午後5時30分 出水市:市内のスーパーにて |
出水市〜鹿児島市間の国道328号の出水市定之段に写真のような建物があります。 この建物は、近くの説明板によると、「この回廊パーク『定之段緑水公園』は、水と緑を満喫できるこの地を選んで『みどりの回廊整備事業』でつくられました。 平成8年3月鹿児島県出水市」とあります。 私は、自家用車で出水市〜鹿児島市間を往復の折、いつも、この国道328号を通ります。そして、鹿児島市から帰る際、ここで一休みすることが多いです。 先日もここで一休みしました。梅雨の小雨に濡れる建物の「朱」と付近の木々の「緑」、そして、模型のツルの「白」との配色を、私は、誠に見事な取り合わせだと感じました。 その梅雨に映える回廊パーク「定之段緑水公園」の美を写真に収めてみました。 ◆写真:平成24年6月13日(水)午後3時50分 出水市:国道328号の定之段の回廊パーク「定之段緑水公園」 |
今日、6月21日は、二十四節気の一つ「夏至(げし)」です。 夏至過ぎて 吾に寝ぬ夜の 長くなる 正岡子規 「夏至」は、暦の解説書『暦便覧(こよみびんらん)』には、「陽熱至極し、また、日の長きのいたりなるを以てなり」と記されています。 「夏至」は、『日本大百科全書(小学館)』によりますと「太陽は赤道からもっとも北に離れ(赤緯23度半)、北半球では一年中で昼の時間がもっとも長く、夜の時間はもっとも短い日です。北極圏では終日太陽は地平線下に没することはなく、いわゆる白夜の現象を呈する日です。」と述べられています。 「夏至」の日の今日の鹿児島市は、日の出が5時13分、日の入りが19時26分と報道されています。 私は、今朝、日の出の時刻の頃、自宅近くの国道328号から太陽の昇る方向へカメラを向けてみました。その時の模様は、ご覧のように雨の降る朝でした。 「夏至」の日の出水は、終日、雨と予報されています。自宅のある西出水では、梅雨の雨が、静かに、しとしとと降っています。近くを走る車が道路の水を跳ねて、走っている音が聞こえてきます。 私は、「夏至」という日を迎えて、梅雨の雨で太陽は見えませんが、昼間の最も長い日という自覚とともに、前述の正岡子規の俳句の意味を理解しています。明日からは、夜が一日一日と長くなっていくのですね。暑い真夏は、こけれからだと言うのに・・・。 ◆写真:平成24年6月21日(木)午前5時20分 出水市:国道328号の西出水から太陽の昇る方向を臨む |
梅雨空の今、旬の味「スモモ」が、実っています。 このスモモは、隼人町内の民家の庭先でキャッチしました。 頂きましたので、早速、食べることができました。その味は、旬のみずみずしいスモモの味でした。 私は、スモモの味が、モモに比べて酸味が強く、甘酸っぱくてジューシーな味がして大好きです。 特に、その味が、梅雨の雨模様の気候に適している果物として、私は重宝にしています。 このスモモの生産の多いのは、@山梨県が全国トップで、次いでA和歌山県、そしてB長野県の順だと言われています。鹿児島県でも栽培されていますので、全国的に栽培されている果物といえるようです。 スモモは、初夏から夏にかけて多く出荷される果物です。スモモは大きく分けて、中国原産と、ヨーロッパコーカサス原産の2つに分類されています。そして、スモモは、英語で「プラム」、フランス語で「プルーン」と言われています。 九州南部が6月4日(月)に入梅してから、20日間になります。台風4号・5号の影響で、強い雨がありましたが、しばらくは梅雨前線が停滞して、雨をもたらすことでしょう。 この間、旬の味「スモモ」にも体力源を求めて、真夏を迎えたいと思います。 ◆写真:平成24年6月18日(月)午後4時05分 霧島市:隼人町内の民家の庭先にて |
「じじ、なにはともあれ、はやく、おいで〜」は、東京に住む5歳の孫の拓己(たくみ)が、私に電話で呼びかけてくれた内容です。 このことばに、私は、「喜びと驚き」を感じました。 先ず、「喜び」は、私を心から待っていることが伝わってきからです。 そして、「驚き」は、「なにはともあれ」とのことばです。このことばを使って私と話しをしたからです。 電話で、私は、即座に、応えました。 「じゃ、行くからね。」・・・と。 でも、直ぐ、明日、東京へという訳にはいきません。日程の調整と出来るだけ安い切符を探すことに努力しました。その結果、出発日を6月24日(日)、帰る日を7月9日(月)に決めました。 私は、6月24日(日)、梅雨で激しい雨の中を12時40分鹿児島空港発の飛行機で羽田空港へ向かいました。そして、家族の住む中央線東小金井駅に着いたのは、夕方4時30分ごろでした。東小金井駅では、拓己をはじめ、皆さんが、「かごしまのじじ!」と言って、温かく、にこやかに、迎えてくれました。 私は、今回の東京への旅は、計画していませんでたが、孫のことばに心を打たれて会いにきました。私は、孫たちとは、適当な間隔で電話でお互いに、近況のやりとりをしています。今回の出来事は、5月の半ばの電話でした。 昨夕(25日)の食事の折、拓己は、「『梅のり』を食べながら、これは、『うめー』、ダシャレだけどね」と言って、笑わしてくれました。 私は2週間、3人の孫たちに、楽しく、爽やかに接したいと思っています。その際、私は、常に両親の指導方針に従いながら、愛情を持って、「かごしまのじじ!」として、精一杯、可愛がりたいと思っています。 ◆写真:平成24年6月24日(日)午後0時30分 霧島市:鹿児島空港、スカイマークエアラインの搭乗口にて |
私は、東京に住む娘宅へ、孫のお守りの手伝いなどに、鹿児島空港⇔羽田空港間の旅をよくしています。 その際、旅の条件を満たす出来るだけ安い切符を求め、探します。 今回は、6月24日(日)出発、7月9日(月)帰省の切符を購入しました。 6月24日(日)鹿児島空港→羽田空港は、スカイマークエアライン(SKY)を購入しました。それは「ハッピーサンデー」のチケットです。SKYは、6月の全日曜日と7月1日の日曜日の5回を全便全席の普通運賃が10,000円で発売されました。 7月9日(月)羽田空港→鹿児島空港は、ソラシドエア(SNA)を購入しました。それは、「バーゲンC28」のチケットです。SNAは早割の「バーゲンC28」を普通運賃が9,870円で発売されました。 私は、孫の拓己が5月中旬の電話で「じじ、なにはともあれ、はやく、おいで〜」のことばに心を動かされて、東京に来ました。直ぐ切符を求めるために、私は、各航空会社の空席状況と料金をネットで調べました。それが、今回の航空便となりました。 私は、旅が好きです。旅の楽しみの一つに、切符を求めるまでの企画・立案があります。いろいろな要素を入れながら旅の全てを組み立てて、切符購入となります。 今回は、「@『ハッピーサンデー』のチケットを利用したかったこと。A2週間滞在して7月9日(月)に鹿児島・出水に帰る日程にしたかったこと。B搭乗の時間帯を昼ごろにしたかったこと。」です。今回、自分としては、最善の航空券の購入ができたと思っています。 私が搭乗した6月24日(日)の鹿児島空港→羽田空港のスカイマークエアライン(SKY)機は、「ハッピーサンデー」のチケット利用の皆様で、座席177席のB737−800機は、ほぼ満席でした。 ◆写真:平成24年6月24日(日)午後0時35分 霧島市:鹿児島空港で出発を待つスカイマークエアライン(SKY)B737−800機(後方) |
庭先に白い小花を見せる「南天の花」が咲いています。 この写真は、東京都・小金井市梶野町の民家の庭先のものです。 先日、出水市の民家の庭先でも見ましたので、日本の各地で栽培されていると思われます。 「南天の花」について、株式会社シーガル刊『二十四節気・七十二候歳時記カレンダー』によると「晩秋から冬に熟す紅い実は、目を引くが、夏に咲く白い小花は、見過ごされがち。実の美しさにくらべるとなるほど地味である。難を転じる、といわれ、厄除けとして植栽される。」とあります。 「南天」と言えば、晩秋から冬に熟す紅い実を付け、お正月の飾りとして用いられています。そして、「南天」は「難を転じる」といわれ、厄除けとして植栽されています。 このようなことから、「南天」は貴重な植木として重宝され、民家の庭先などでよく栽培されていることが分かりました。 ◆写真:平成24年6月30日(土)午前9時45分 東京都・小金井市梶野町の民家にて |
今日は、7月1日(日)です。 今月は、高校野球ファンにありましては、夏の高校野球が始まり、地元の高校の結果とともに、全国各地の予選の結果にも関心が高まってこられる月だと思います。 第94回全国高校野球選手権鹿児島大会は、7月7日(土)に開幕、順調に進めば7月24日(火)に決勝が行われ、甲子園出場校が決まります。 私は、現在、東京の娘宅におりますが、出水市内の4高校の初戦の対戦校と試合日等を東京から掲載いたします。 初戦の対戦校は、右のようになっています。 開幕日の7日(土)に出水工業高校、8日(日)に出水中央高校、9日(月)に出水商業高校、11日(水)に出水高校が登場します。 特に、この大会を最後とする3年生は「高校3年間の総決算、よい結果を残したい。甲子園へ出場したい。」と、中堅学年としての2年生は、「昨年の経験を生かして1つでも多く勝ち進みたい。」と、今春入学の1 年生は、「初めての高校での大会の雰囲気を味わい、少しでも出場したい。」との思いを胸に秘め,練習に取り組んでいることでしょう。 この大会は、全国各地で甲子園を目指す大会として、非常に注目されている大会です。私は、市内4高校野球部の皆さんが、大会を目前にして、寸暇を惜しんで頑張っている時だと思います。選手の皆さんの努力に対し、学校や保護者、関係者の皆さんが一生懸命に応援されていることが伝わってきます。 私は、選手の皆さんが悔いを残さないように頑張ってほしいと願っています。「特に、地元出水市内の高校球児がんばれ ! 。」とエ−ルをお送りします。 なお、大会組み合わせ等は、ここから鹿児島県高等学校野球連盟へ、アクセスしてご覧ください。 |
写真の橋の向こうは、玉川上水の森です。 その森をみると大きく成長した樹木と川底にはせせらぎが静かに流れています。 私は、この場所に来ると五日市街道に沿って流れる玉川上水の森とせせらぎの清流が、私の心を癒してくれます。 玉川上水について、小金井市の玉川上水路に建立されている説明板『清流の復活〜玉川上水〜』には、次のように記載されています。 玉川上水は,約330年前(慶応2〜3年)、江戸の飲料水供給のために作られた上水道です。 この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的を果たす以外に、武蔵野の台地に分水され、飲料水・かんがい用水・水車の動力として武蔵野の開発に大きな役割を果たしてきました。 近世まで、この上水道はそのまま淀橋浄水場への導水路として使われいましたが、新宿副都心計画による淀橋浄水場の廃止に伴い、昭和40年以降小平監視所より下流については、水がとだえていました。 しかし、このたび東京都の清流復活事業により、野火止用水に続き玉川上水にも清流がよみがえりました。 〜1986年8月 東京都環境局自然環境部〜 この上水は、羽村取水口から四谷大木戸までの素掘りによる水路が、全長約43キロメートルでした。その間の標高差はわずか約92メートルの緩勾配です。自然流下方式による導水路です。 この玉川上水は、飲料水・かんがい用水・水車の動力として武蔵野の開発に大きな役割を果たしてきています。私は、水路として難工事であったと思います。 今では、せせらぎとなって静かに流れている水路、それを包むように大きく成長している森の緑を見ると、その重要性と壮大さを味わいながら、しばらく見入ってしまいました。 ◆写真:平成24年6月30日(土)午後5時45分 東京都・小金井市JR中央線の北、五日市街道沿いの玉川上水 |
私は、7月3日(水)の昼頃、梅雨空にそびえる「東京スカイツリー(Tokyo Sky
Tree)」を見学しました。 本来なら『天望回廊』(地上450m)・『天望デッキ』(地上350m)へ登り、そこからの眺望をこの欄で取り上げたいと思っていましたが、入場券がなくて、下からの眺望となってしまいました。 今年の1月31日(火)に直近まで訪れていましたので、今回は2回目の訪問となりました。 今回訪問して思ったことは、観光のスポットとして大いに注目されている場所らしく、多くの観光客で賑わっていることでした。 地下2階の都営浅草線の終点「押上」駅で下車しました。前回は地上へ歩いて上がりましたが、今回はエスカレーターが動いていました。 そして、「東京スカイツリー」の直近まで、ショツピング街となっており、威勢のよい声が発せられていました。 ショツピング街は「東京ソラマチ」と呼ばれています。そして「東京スカイツリー」の東側に「イーストタワー」(地上150メートル)があります。ここ「イーストタワー」を含めた「東京ソラマチ」には、312店のレストラン・ショツプがあると紹介されています。 「イーストタワー」の最高階の31階と30階にレストランがあります。そこを「ソラマチダイニング・スカイツリービュー」と呼んでいます。私は、31階のレストランでステーキとビールで昼食としました。少し、贅沢をしましたが、目の前の鉄板で料理される職人の素晴らしい腕前に魅せられながら美味しくいただきました。 私は、「東京スカイツリー」の『天望回廊』・『天望デッキ』へ登りたいと思っていますが、今回のように付設されている「東京ソラマチ」や「すみだ水族館」等を見学するのも楽しみでした。 夏休みに入りると全国各地から、いや世界各地から多くの方々が見学に来られるだろうと思います。次回、私は、450m『天望回廊』へ登り、関東平野を一望したいと思っています。 ◆写真:平成24年7月3日(火)午前11時40分 梅雨空にそびえる「東京スカイツリー」 東京都:東京都墨田区押上の「東武橋」の側から(左は「すみだ水族館」) |
私は、7月3日(水)、午後2時過ぎ、隅田川浅草桟橋を出港した東京クルージング「隅田川ライン」に乗り、隅田川河口の「日の出桟橋」へ向かいました。 先ず、浅草桟橋を出港して直ぐ、写真のような景観が現れてきました。 「東京スカイツリー」と「アサヒビールホール」、「スーパードライホール」、船の上の橋は「吾妻橋」です。 私は、浅草に来て、写真に収めるポイントとして、いつもこれらの建物・建造物などをどのような構図がよいかを常に考えています。 今回は、船上からですので、今までにない構図となりました。 この中で屋上のビールの泡を思わせる金色の建造物「スーパードライホール」は、”躍進するアサヒビールの心”を象徴しているとされています。フランス人の設計で、1989年(平成元年)竣工しています。浅草のランドマーク的な存在として知られています。 アサヒスーパードライは、1987年(昭和62年)3月に販売が開始されています。そして、1997年(平成9年)に年間シェアNo.1となっています。アサヒスーパードライは、同時代に日本で販売されていたビールに比べ、キレのあるビールを目指して開発されたと言われています。 私のアサヒスーパードライとの出会いは、新発売された折り、早速購入して家で試飲してみました。その時、今は亡き妻と共に、「このビールは、今までのビールの味とはひと味違うキレのある味で、将来は、きつと多くの方々に愛飲されると思うヨ」と言いながら飲んだことを想い出しています。 私は、ビールが好きです。晩酌に350mlの缶を1本いただいています。妻も好きでしたので、コップ1杯上げています。私は、ビールはどのメーカーでも好きですが、我が家の冷蔵庫には、常時、「アサヒスーパードライ350mlの缶」を冷やし、愛飲しています。 ◆写真:平成24年7月3日(火)午後2時10分 東京クルージング「隅田川ライン」 東京都:浅草桟橋を出港して直ぐ、左岸の「東京スカイツリー」と「アサヒビールホール」、「スーパードライホール」、船の上の橋は「吾妻橋」 |
私は、7月3日(水)、午後2時過ぎ、隅田川浅草桟橋を出港した東京クルージング「隅田川ライン」に乗り、隅田川の左右を見ていると緑の屋根「両国国技館」が目に入りました。 この「両国国技館」は、1985年(昭和60年)1月場所より使用されている二代目の建物になります。建設計画発表から3年の歳月で1984年(昭和59年)11月30日に完成。翌年1月9日、盛大に落成式が催されています。 「両国国技館」は、大相撲の本場所、引退相撲、NHK福祉大相撲などで相撲協会自らが使用するほか、1991年から毎年11月に高専ロボコンの全国大会、1992年からは毎年全日本ロボット相撲大会が開催されているそうです。 私は、大相撲が好きでテレビでよく観ています。直接「両国国技館」での大相撲を観たことがありませんので、一度は訪れてみてみたいと思います。今、郷土鹿児島県出身の幕内力士がいないのは寂しく、幕内力士が早く誕生するのを楽しみにしています。 一方、行司の最高位の36代木村庄之助は、本名が山崎敏廣さん、井筒部屋所属で鹿児島県枕崎市出身です。36代木村庄之助は、平成23年11月場所より就任、その大役を務めておられます。毎日、最後の取り組みを裁いておられるので、土俵上の振る舞いの一つ一つに目を輝かせて見ています。就任を心から嬉しく思い、自慢に思っています。 クルージングの途中、屋根の緑の部分の「両国国技館」を見ることができ、大相撲に一段と興味・関心が出てきました。一度は、枡席で観戦できたらと思っています。 ◆写真:平成24年7月3日(火)午後2時15分 東京クルージング「隅田川ライン」 東京都:隅田川左岸の「両国国技館」(緑の屋根) |
今日、7月7日(土)は、二十四節気の一つ「小暑(しょうしょ)」です。 そして、「七夕(たなばた)」です。 「小暑」は、梅雨が明け、本格的な暑さが始まるころとされています。暦の解説書『暦便覧(こよみびんらん)』には、「大暑来れる前なればなり」と記されています。 梅雨明けの宣言は、沖縄が6月23日ごろ、奄美が6月29日ごろになされました。 出水地方を含む九州南部は、平年が7月14日ごろ、昨年が7月8日ごろでした。 東京を含む関東甲信は、平年が7月21日ごろ、昨年が7月9日ごろでした。各地の梅雨明けの月日をみると梅雨明け宣言は、まもなく発表されるものと思われます。 まもなく梅雨明け宣言、いよいよ暑い夏の到来の時となってきます。上の写真は、7月3日(火)JR原宿駅の竹下口から出て竹下通りの入り口付近です。朝10時を僅かに過ぎた時ですが、すでに多くの観光客で賑わっていました。その服装は半袖で、確かに、夏に、向かっていることを実証できました。 今年の夏、節電に配慮しながら熱中症などにならないように暑さ対策に心掛けて、猛暑を乗り切りたいと思っています。 ◆写真:平成24年7月3日(火)午前10時08分(アーケード入り口は、10時08分27秒を標示しています) 東京都:JR原宿駅の竹下口から出て竹下通りの入り口付近にて |
JR東京駅丸の内駅舎の外観「保存・復原工事」は、今年の10月に完成するそうです。 赤れんが駅舎として親しまれてきたJR東京駅丸の内駅舎は、1945年の空襲で焼失していました。 この「保存・復原工事」は、2007(平成19年)4月に始まり、現在、最後の工事が行われています。 この度の「保存・復原工事」では、外観を創建時の姿に忠実に再現することなどを掲げて進められています。 私は、7月3日(火)、午後、工事中の駅舎を近くから見ることができました。私の目では本体工事はほぼ終了し、取り付け道路や植樹が行われているように感じました。 「保存・復原工事」が完了し、大正時代の赤れんが駅舎がお目見えすると、その歴史と文化遺産を象徴する建物に多くの方々が興味・関心を示されると思います。私は、完成後、東京の新観光スポットとして注目され、大変な賑わいをみせる場になることは、間違いないと思います。 ◆写真:平成24年7月3日(火)午後3時40分 東京都:JR東京駅丸の内駅舎の外観「保存・復原工事」中の近くにて |
鹿児島県の皆さん、東京にある「東郷神社」をご存知ですか? 私は、最近、知人に教えられて7月3日(火)に訪れてみました。 「東郷神社」の御祭神の東郷平八郎命は、1847年(弘化4)12月、鹿児島市加治屋町で誕生されました。東郷平八郎は、日露戦争では露国のバルチック艦隊を破って名将とうたわれた海軍元帥で、明治・大正・昭和の天皇に奉仕し、国民的に敬慕されました。 1934年(昭和9)の没後、直ちに設立された財団法人東郷元帥記念会の尽力で1940年(昭和15)に、「東郷神社」は創建されました。1945年(昭和20)年戦災で炎上、1964年(昭和39)再興されました。 「東郷神社」の場所は、東京都渋谷区神宮町です。JR原宿駅下車、竹下口から竹下通りを行くと、途中に「東郷神社」入り口の標識があります。そこを少し行くと、「潜水艦殉国碑」があります。もう少し行くと社殿があります。 写真は、「東郷神社・社殿」です。私が、訪れたのは午前10時30分でしたが、ご覧のように参拝に訪れておられました。しでばらく滞在しましたが、参拝者はひっきりなしでた。 私は、帰路、別のコースを通りました。すると直ぐ、大通り「明治通り」でした。その通りに面して「東郷神社」の門柱があり、大変分わかりやすい場所に位置しています。 「東郷神社」が都心の分かりやすい場所に、そして、若者の集まる竹下通りの近くの広大な場所にあることに驚きました。 ◆写真:平成24年7月3日(火)午前10時30分 東京都:渋谷区神宮町、「東郷神社」の社殿にて |
皆さん、お久しぶりです。 7月上旬から頭に痛みが走り、夏バテとあいまって体調を崩していましたが、だいぶよくなりました。 ご心配をおかけしてすみませんでした。これからは体調を見ながらボチボチと更新していきますので、よろしくお願いします。 さて、体調を崩してからというもの、私は眠りが浅く、数時間おきに起きては、アイスノンを取り替えていました。 そんな中、サッカーの予選が始まりました。夜、痛みで寝付けない時には、テレビの向こうで頑張っている選手が痛みや寂しさを紛らしてくれる存在でした。でも、今思うと「選手を叱咤激励しながら試合を観戦する」というよりは「なかなか治らない痛みに対する苛立ちを、選手たちのプレーにこじつけてぶつけている」といった方が相応しい観戦の仕方をしていたように思います。また力いっぱいプレーする姿を見て、私も自然に力が入るんでしょうね。中継の最中はいいのですが、その後は正直、痛みが倍増していました。 そんな痛みが続く中、体操の内村選手が個人総合に登場しました。 「絶対、金」というプレッシャーがかかる中、最初の「あん馬」を無難にまとめ、「跳馬」、「鉄棒」、そして「床」と着地を決めて、ついに「金メダル」を手にしました。 この時は、本当に痛みがなくなりました。「プレッシャーに打ち勝った」ことと「着地の見事さ」のWの素晴らしさが、痛みを凌駕したようでした。 翌日,病院で処方された薬がよく効いて痛みが治まり、それからは夜もよく眠れるようになり,素直に応援できるようになりました。私が本気で応援したからでしょうか。日本選手が活躍し始めたような…。いや,日本選手が活躍するのでうれしくなり,体調が良くなったのか…。いずれにせよ,オリンピックにおける日本選手の活躍と比例して私の体調も良くなっていきました。 古希を過ぎた私ですがこんなに体調を崩したことも初めてでしたし、そんな体調のなか、オリンピックを見たのも初めてでした。聞けばメダル獲得数も日本初の数だとか…。初めてづくしの今回のオリンピックも忘れられない想い出となりそうです。 |
第94回を数える今年の夏の甲子園、大阪桐蔭高校の春・夏の連覇おめでとうございます。 そして、光星学院高校の夏・春・夏の3季連続準優勝おめでとうございます。 今年の甲子園、「白球」の展開する数々のドラマがありました。 試合開始のサイレンが鳴り止まない中に、「白球」は高く舞い上がりスタンドへ。先頭打者ホームランをはじめ、数多くのホームランが記録されました。 その都度、テレビカメラが捉える「白球」は、美しい鼓動を描いていました。 また、三振を奪う「白球」も美しいものでした。桐光学園の松井裕樹投手は、1回戦で22奪三振の1試合の大会新記録を樹立、その時の「白球」は、一段と力強く美しく輝いていました。 私は、野球が大好きで、「白球」を追い求めるいろいろな場面が好きです。その折、筋書きのないドラマが発生することもあり、つい感動してしまいます。 私は、中学時代は野球部のプレーヤーとして、高校時代は野球部のマネージャーとして、大学時代は大学の放送局でアナウンサーとして自分の大学の試合の時、大学野球の実況放送に取り組んできました。そして、教師になってからは大阪の初任の高校で3年間野球部長として野球に関わってきました。 私は、今でも野球は好きです。今年の甲子園大会も時間の許す限り、テレビ・ラジオで見たり、聞いたりしてきました。そして、新聞記事も楽しみでした。 私は、「白球」の繰りなす数多くのドラマに感動し、楽しい日々を送ることができました。 |
出水市西出水出身の歌手前田瑠美さんは、9月4日(火)午後6時30分から地元出水市音楽ホールで公演します。 2009年(平成21年)デビューの前田瑠美さんは、4枚目のアルバム『情景歌』の全国発売が9月1日に決まりました。 この発売を記念して、9月1日(土)〜10日(月)の10日間、「2012前田瑠美 新アルバム『情景歌』九州ツア−」を行います。 今回の九州ツア−は、地元出水など鹿児島県5カ所のほか、大分県・熊本県・長崎県・福岡県で公演します。 このことについて、今日(平成24年8月29日)の南日本新聞17面に次のように掲載されています。 「出水市出身で、東京で活躍する歌手の前田瑠美が9月に4枚目のアルバム『情景歌』をリリース、1日から九州ツア−を始める。・・・新作アルバムは、鹿児島が舞台の『吹上浜七色の暮れ』や『霧島連山』など15曲を収録した。・・・。」とあります。 前田瑠美さんは、第25代ミス鹿児島に選出されたり、極真空手世界選手権に出場したり、女優として活躍されるなど多才です。また、「東日本大震災」の被災地の福島県南相馬市を訪問され、「鹿児島おごじょ前田瑠美ミニコンサ−ト&カラオケ大会&空手演舞」開催されるなどボランティア活動にも積極的です。 9月4日(火)の地元出水公演は、ゲストにギターリスト・作曲家の笛吹利明氏(現在、長渕剛氏と仕事をすることが多いそうで、先の桜島コンサ−トでは音楽全般を担当されたそうです)。作詞・作曲家の都丸悠氏(フォ−クソングを得意とし、今は縁あって同郷の鳥羽一郎さんに曲を書くこともあるそうです)。そして、TONHA(出水市出身の井手口雅氏・仲嶺知世さん)など豪華メンバーの出演もあります。 私は、前田瑠美さんの歌を機会ある毎に聴いていますが、いつも空手で鍛えた体力と、音大で学んだ声楽を活かし、見事に歌い上げられています。 今回は、4枚目のアルバム『情景歌』の全国発売を記念しての公演ですので、今まで以上に楽しいステージになるものと思い、今から楽しみにしています。 ◆出水公演 日 時:平成24年9月4日(火)午後6時30分開演(午後6時開場) 場 所:出水市音楽ホール チケット:3,000円(売上金の一部を東日本大震災復興義援金として寄付されます。) 問合せ先:0996−62−0037(前田瑠美 北薩応援の会) ◆九州ツア−日程・場所 鹿児島市(9月1日・土)、霧島市(2日・日)、南さつま市(3日・月)、出水市(4日・火)、阿久根市(5日・水)、大分市(6日・木)、熊本市(7日・金)、佐世保市(8日・土)、福岡市(9日・日、10日・月) ◆九州ツア−日程・場所等の詳細は、歌手前田瑠美さんのHPにあります。ここから、アクセスしてご覧ください。 |
残暑の厳しい日が続いていますが、辺りには、少しずつ夏の終わりの風情が漂ってきています。 あれほど賑わいを見せていた阿久根市脇本海水浴場では、8月26日の午後、日曜日だというのに、右の写真のような状況でした。 今年の夏、ほぼ毎日、「真夏日」や「猛暑日」など気象用語が使われていましたが、本当に暑い夏だったのですね。 @「夏日」(1日の最高気温25℃以上で30℃未満)、A「真夏日」(1日の最高気温が30℃以上で35℃未満)、B「猛暑日」(1日の最高気温が35℃以上)、C「熱帯夜」(夜間の最低気温が25℃以上)などでした。 この暑さ同様に心を暑くしのが、ロンドン・オリンピックでした。日本選手の活躍は、より一層、心を暑くし、感動をいただきました。 また、夏の高校野球も心を暑くしてくれました。神村学園高等部と対戦した光星学園高校が3季連続準優勝、、大阪桐蔭高校が春・夏連覇という輝かしい戦いがありました。白球を追う高校球児に多くの感動をいただき、心を暑くしました。 私は、今年の夏、初めて経験する頭痛に悩まされました。お陰様で、夏の終わりに近づくにつれて回復してきています。 今年の夏、「猛暑日」などで暑い夏でしたが、「ロンドン・オリンピック」や「第94回全国高校野球選手権大会」などの数多くの感動で心を暑くしてくれた夏でした。私は、体調を崩してつらい夏でしたが、回復に向かい嬉しく思っています。 ◆写真:平成24年8月26日(日)午後4時50分 阿久根市:脇本海岸の海水浴場にて |
残暑の厳しい時ですが、秋を迎えました。 スポーツの秋・芸術の秋・読書の秋・食欲の秋・・・。 出水市内の各高校では、秋を告げる体育祭が右記のように、8日(土)と13日(木)に繰り広げられます。 生徒の皆さんは、随所に若いエネルギ−を発揮して、達成感と充実感などを味わい、高校時代の想い出に残るイベントになるように頑張っていることでしょう。 私は、体育祭を見学して、演技者、係担当者、応援者が一体となって必死に取り組み、観客に多くの感動を与える場面を何時も味わっています。 私にとりまして高校時代の体育祭は、高校3年時に3軍対抗の緑軍の応援団副団長に選出され、優勝したことを想い出します。 古希を過ぎた今でも、あの時の感動と感激は忘れることができません。 残暑の厳しい中で行われる体育祭、すべての皆さんがベストを尽くして頑張り、何時までも心に残る良い想い出の体育祭となりますように・・・。 そして、くれぐれも熱中症等の対策には充分に気を付けて頑張ってください。 皆さんの健闘をお祈りします。 |
出水市内の7中学校の体育大会(大運動会)は、9月9日(日)を皮切りに、23日(日)まで繰り広げられます。 大川内中学校は小学校と、荘中学校は幼稚園と小学校との合同で行われます。 私は、体育大会(大運動会)で、園児・児童・生徒の皆さんが、凛々しい顔で元気良く行進する入場式の素晴らしさ、1秒でも短縮させたい思いで必死に頑張って走る素晴らしさ、躍動感の溢れる集団演技の素晴らしさなどに,いつも感動しています。 そして、保護者の方々が大きな声で応援をされたり、カメラを向けたりしておられる姿に、「親子の絆」を感じます。 今日(7日)は、二十四節気の「白露」、「白露」は、大気が冷えてきて、露ができ始めるころとされています。暦の解説書『暦便覧』では、「初めて秋の気立つがゆゑなれば也」と説明している 出水地方は、まだ厳しい残暑の中にも秋の訪れが感じられます。 その中で行われる体育大会(大運動会)、素敵なドラマを数多く生み出し、想い出の多い場になりますように…。 熱中症等対策には充分に気を付けて頑張ってください。皆さんの健闘を心からお祈りいたします。 |
出水市内の学校の体育祭(体育大会・運動会)のトップをきって、9日(土)に野田女子高・出水高・出水工業高・出水中央高の4高校で行われました。 当日は、大雨の予報で心配されましたが、「晴れ時々曇り一時小雨」でした。絶好の体育祭日和でした。 私は、出水中央高校の第51回体育祭を入場行進から閉会式まで全て見学しました。 変化に富む27種目のプログラムがあり、非常に楽しい体育祭でした。 先ず,入場行進です。975名の生徒の皆さんが、吹奏楽部の演奏する行進曲に合わせて、誠に整然と一糸乱れぬ行進です。服装も揃って元気よく行進する素晴らしい入場式はテント5張の保護者席が満席になるほどの人気でした。 競技での圧巻は、40名が跳ぶ「大縄跳び」でした。看護学科専門課程2年生は、40回でストップしましたが、大会記録が42回ですので、記録更新寸前でのストップに、会場から大きなどよめきが起き、印象的でした。 地区対抗リレーで「天草」、「人吉」、「球磨」、「阿蘇」、「姶良」などのゼッケンがありました。出水中央高校で学ぶ生徒の皆さんが広範囲から来ていることが分かりました。 「男子集団演技」と「女子集団演技」がありました。若い高校生がグランド一杯に表現している姿は、誠に美しく躍動的でした。 種目の中には、大会記録として残る100メートルなど男女合わせて9種目あります。大会記録の更新を目指して必死に頑張って姿勢に感動の連続でした。 来賓や保護者、卒業生、職員の参加する種目もありました。来賓と保護者、職員は「輪回し」、保護者は「綱引き」の2種目、卒業生は「障害物競走」です。それぞれ多くの方々が参加され、楽しそうに競技されていました。私も来賓として「輪回し」に参加し、久しぶりに心地よい汗をかきました。 体育祭を演出している吹奏楽部の終日の演奏も楽しく聴かせていただきました。演奏は、11月に横浜大会に出場する自信に満ちた迫力のある楽しい曲でした。 来賓席に設置してあるライブ中継のコンビュータも見ながら見学しました。マルチメデイア部の皆さんの撮影・発信で美しい場面が構成されていました。 当日は、強い日差しの時もありましたが、さわやかな秋風の吹く天候で、気候も味方した素晴らしい体育祭でした。そして、5回の「花火」の打ち上げも体育祭の雰囲気を演出していました。 変化に富むプログラムで構成され、予定時刻通りに進む出水中央高校体育祭は、楽しみの連続でした。生徒の皆さんは、各競技に主体的に真剣に取り組み、明るい態度で青春を謳歌していました。 ◆写真:平成24年9月8日(土)午前9時10分 第51回体育祭の代表宣誓:駅伝部主将の福崎健人君(普通課程3年生) 出水市:出水中央高等学校グラウンド ●本社の新着映像 「2012-09-09 速報!! 出水中央高校 体育祭」に入場式・開会式の模様を掲載しました。(17分55秒)。どうぞ、アクセスしてご覧ください。 |
今年度の出水市内の14の小学校の秋季大運動会は、9月16日(日)の大川内小学校を皮切りに、10月7日(日)の蕨島小学校まで行われます。 付属幼稚園を有する7小学校は、野田小学校を除き、右記のように幼稚園と合同で行われます。野田小学校付属幼稚園は単独で行われます。 小学生は、低・中・高学年と6歳の年齢差があり、発達段階の差が大きく、その差が「かけっこ」にも「お遊戯」にも出ていますね。そのことで、小学校の運動会は非常に変化があるので、私は、見学するのが好きです。 保護者の皆さんは、声を枯らして声援されたり、カメラを向けて撮影されたり、その姿にもにも感動しています。 私は、子供の小学校の運動会では、いつもハラハラどきどきしていました。特に、「かけっこ」ではピストルの音と同時にスタ−トした子供は、どこにいるのかという順位の確認と転ばないでゴ−ルしてほしいとの願いでした。 昼食時間は、弁当を広げて、一生懸命に走ったり、お遊戯をしたりして頑張っていたことを称えて、いつも楽しく食べていました。また、祖父母の見学もあって家族ぐるみで参加していたことなどを懐かしく、想い出しています。 当日は、多くのドラマが生まれることでしょう。いつまでも想い出に残る秋季大運動会になりますように…。 幾分涼しくなったとは言え、残暑がまだまだ続きます。暑さ対策には充分に気を付けてください。皆さんのガンバリを心からお祈りいたします。 |
9月17日、敬老の日、私は、所属の出水市石坂自治会の敬老祝賀会に一昨年から招待をしていただき午前11時30分の開会から午後2時の閉会まで参加しました。 祝賀行事では、先ず、物故者への黙祷、石坂自治会長丸尾重徳様のあいさつ、招待者を代表してのお礼のことば、乾杯、祝賀の宴と続きました。 祝賀の余興は、松元真由美さんの司会進行で進められました。 幼稚園児・小学生のダンス「アブラハムの子」、合唱「にんげんっていいな」、そして、婦人会の踊り、寸劇「かさじぞう」、合唱「ちゃわんむしのうた」、「ふるさと」などが披露され、盛りだくさんの催し物が繰り広げられました。 最後には、70歳を超える高齢の方々の自慢のカラオケ大会でした。予定のはるかにオーパーして、2時間30分間があっという間に過ぎてしまいました。 私は、会場に到着すると玄関で幼稚園児・小学生から歓迎の出迎えをしていただき、手作りの「胸章」を付けていただきました。 石坂敬老会は、役員の方々、婦人会の方々、そして、幼稚園児・小学生の皆さんのお力で心暖まる内容でした。余興で、「にんげんっていいな」や「ちゃわんむしのうた」、「ふるさと」などが合唱され、敬老の日に相応しい選曲に感動して聞き入ってしまいました。 当日は台風一過、凌ぎやすい気候の中で行われました。3回目となる私は、敬老の日にご招待をいただいたことに感謝し、その意義を考えながら、これからの人生を有意義にリズミカルに送っていきたいと思います。 ◆写真:平成24年9月17日(祝)午前11時55分 幼稚園児・小学生のダンス「アブラハムの子」の場面 出水市:石坂公民館 |
恒例の出水中央高校吹奏楽部の演奏会は、9月23日(日)の牛深会場を皮切りに右記の6会場で行われます。 今年で8年目を迎える出水中央高校吹奏楽部の演奏会は、今年も各会場が超満員になるものと思われます。 それは、次のような実力などのある吹奏楽部が演奏するからです。 @県吹奏楽コンク−ルで8年連続金賞受賞しています。 A11月10日(土)・11日(日)横浜市の横浜みなとみらいホールで行われる「第14回全日本高等学校吹奏楽大会 in 横浜」(主催:日本高等学校吹奏楽連盟)に九州代表として2年連続出場します。 B8月23日(木)、ウィーン国立オペラ座サマーコンサートで全日本特別選抜吹奏楽団の中心メンバ−として出演した部員が多数います。 C福島玲士先生は、ベルリン・フィルハ−モニ−・ホ−ルやニュヨ−ク・カ−ネギ−ホ−ル、ウィーン国立オペラ座で指揮されるなど国際的にも高く評価されています。 D昨年までの各地の演奏会では、演奏や舞台構成などが素晴らしく、感動の連続でした。今年はそれ以上の内容が期待できます。 顧問で指揮者の福島玲士先生は、「8年目を迎えた演奏会、今までの経験を生かして皆様に愛される楽しい雰囲気を提供したいと思っています。多くの皆様のご来場をお待ちしています。」と、コメントされています。 吹奏楽部部長の休坂茉莉亜(教養課程3年)(Sax)さんは、「部員一同、多くの皆様に感動をしていただけるような魅力のある演奏会になるよう頑張ります。多くの皆様のご来場をお待ちしております。」と、にこやかに話していました。 私は、毎年、出水中央高校の演奏会を聴いています。どの会場も魅力一杯で,全ての会場の演奏を聴きたくなる演奏です。 演奏会は、休憩なしのステ−ジですが、次々に展開する場面が魅力一杯で非常に楽しく感動の連続になります。今年も、魅力一杯の楽しい素敵な演奏会になるものと思います。 先ず、牛深会場の演奏を楽しみにしています。そして、最終回の12月1日(土)の鹿児島市宝山ホールでの演奏まで大変、楽しみです。大いに期待をしております。 |
平成24年度の出水市内の9幼稚園の秋季大運動会は、9月23日(日)の荘小付属幼稚園を皮切りに10月14日(日)の野田小付属幼稚園まで行われます。 出水市立の7小学校付属幼稚園は、野田小付属幼稚園を除き、小学校と合同(荘小付属幼稚園は荘中学校とも合同)で行われます。野田小付属幼稚園は単独で行われます。 私立の出水聖母幼稚園は10月7日(日)、慈光幼稚園は10月8日(祝)に行われます。 私は,園児の皆さんが、「かけっこ」をしたり、「お遊戯」をしたりしている姿をみると心から応援したくなります。「かけっこ」で転んでも歯を食いしばって走る姿を見ると非常に美しいものです。 私は、子供の幼稚園の運動会で、保護者会の一員としてテント張りや色々な係をしたことを想い出します。そして、保護者会の反省会で皆さんとともに、「今日の運動会は良かったネ−」とお互いにことばを交わせられるのが最高でした。 保護者間の親睦を深めるのにも役立つ大運動会でした。 幼稚園の園児の皆さんが、想い出に残る楽しい秋季大運動会となりますように、私は、心から応援します。 |
出水中央高校吹奏楽部の今年度最初の演奏会、「牛深演奏会」は、9月23日(日)午後1時30分から約2時間、牛深文化会館で行われした。 開演を告げるアナウンスは、演奏席から長瑞季さん(Trup:1年生)の優しい声でした。その後の曲目の紹介等を全て担当していました。 最初の演奏曲「エヴァンゲリオン」が始まると同時に緞帳が上がりました。 ステージ一杯に陣取る92名の皆さんは、指揮者の福島玲士先生の巧みな指揮で気持ち良く、明るく、迫力のあるオープニングの演奏でした。 ☆吹 奏 楽 吹奏楽は、「エヴァンゲリオン」、「国民の象徴」、「メリー・ウインドウ セレクション」でした。 ☆吹 奏 楽 吹奏楽は、「SEDONA」でした。 4曲の演奏は、吹奏楽の醍醐味を表現された素晴らしい演奏で、ほぼ満員の観客から演奏が終わる毎に大きな拍手が贈られていました。 ☆ポピュラーミュージック ポピュラーミュージックは、最初の「SING・SING・SING」ては田上愛海さん(3年生)のトランペットソロ、舞台裏からの演奏に驚きを感じました。次はラテン系の「MALAGUENA」。そして、石川さゆりと美空ひばりの代表的な曲でうっとりと「演歌」。「想い出のヒツト曲」では、松田聖子の「赤い珊瑚礁」、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」、プリンセスプリンセスの「ダイヤモンド」が紹介されました。お馴染みの懐かしい曲を巧みに演奏するステージに吸い込まれてしまいました。 YAHーYAHーYAHーYAHーYAH」、「ザ・ピース」の2曲は、会場の皆さんも包み込んで必死の演奏。ステージ一杯に繰り広げられたマーチングとダンス、ダンスの中で「ウシブカ」等の文字をテンポよく表現していました。 このポピュラーミュージックのステージは、変化に富む場面が後方スクリーンの色彩も鮮やかな照明に浮かび上がり、心を癒される展開でした。 ☆お ど り おどりは、「御神楽」、「ハイヤ節」、「花笠音頭」が、赤・青・白・緑・ピンクの5色の大きな旗(縦3m、横1.7m)に彩られたステージで、繰り広げられました。 ☆吹 奏 楽 最後の吹奏楽は、全員が正装(冬服)に着替えて、今年の県高校吹奏楽コンクール自由曲で金賞獲得した序曲「1812年」でした。この曲の演奏は、演奏の前に全員の合唱を取り入れてからの演奏でした。自信に満ちた格調高い演奏は、最後を飾るに相応しい吹奏楽の神髄を表現していました。 そして、アンコールへと続きました。 私は、8年目を迎えた出水中央高校吹奏楽部の定期演奏会を毎年、聴いてします。今年も新しいアイディアで舞台構成がなされ、ハイレベルの演奏と演技に多くの感動を頂きました。 この演奏会は、12月1日(土)の鹿児島市宝山ホールまで続きます。私は、時間の許す限り会場を訪れ、美しいハーモニーを奏でる演奏会を楽しみたいと思っています。 ◆写真:平成24年9月23日(日)午後2時32分 出水中央高校吹奏楽部「牛深演奏会」 天草市:牛深文化会館(定員700人) ●本社の新着映像 「2012-09-24 速報!! 出水中央高校 吹奏楽部”演奏会” 」に開幕の☆吹奏楽から☆ポピュラーミュージックまでを30分にまとめて掲載してあります。どうぞ、アクセスしてご覧ください。 |
心配された非常に強い台風17号は、出水地方には、ほとんど影響なく通過しました。 今日(10月1日)、私は、秋の清々しい天候に誘われて、自宅近くの出水中学校近く一帯の田園地帯を散歩しました。 出水平野は、秋色が次第に濃くなってきています。 辺り一面には、実りの秋に相応しく「黄金色の稲穂」が波打っていました。そして、「真っ赤な彼岸花」が咲き乱れていました。 「黄金色の稲穂」!。間もなく収穫です。 野田町で農業をされてる知人は、先月28日に収穫されたそうで、今日、新米を届けていただきました。今年、初めての新米、味も良くてつい食べ過ぎてしまいました。栄養過多にならないように気を付けなければなりません。 「真っ赤な彼岸花」!。所狭しと一面に咲いています。 「彼岸花」には、「情熱」や「独立」、「再会」・・・などの花言葉があるそうです。真っ赤な色には、自ずと「情熱」が沸いてきます。 私は、猛暑の続いた今年の夏から、秋へと移り変わり行く季節を身体で感じています。 それは、私自身、7月・8月は体調を崩してしまいましたが、今は、気候の影響もあって快調な日々を送れるようになってきました。 今、収穫の秋・・・、食欲の秋・・・、スポーツの秋・・・、読書の秋・・・、芸術の秋・・・です。私は、それぞれの秋を見つけて、体験して、素敵な秋の一つ一つにしたいと思っています。 ◆写真:平成24年10月1日(月)午後4時40分 出水市、出水中学校近く一帯の田園(後方中央付近から少し右の建物が出水中学校) |
柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺 正岡子規 この句は、「柿」が秋の季語ですので、秋を代表する名句です。 写真は、私の故郷・長島町鷹巣の民家の「柿」です。奈良県の法隆寺の「柿」も同じように色づき、秋を表現していることと思われます。 その内に、正岡子規と同じように法隆寺で「柿」を食べながら、時を告げる鐘の音を聞きたいものだと思っています。 この句は、正岡子規が松山から上京の途中、法隆寺に立ち寄っで詠んだと言われています。法隆寺の境内の散策の後、茶店で一服して「秋」を食べると、時を告げる鐘の音が聞こえてきました。その法隆寺の秋の静寂な時の鐘の音を句に読み込んで、表現した句だと言われています。 出水地方は、10月に入ってから急速に気候が変化して、辺りの風情にも秋が漂っています。「柿」も例外ではありません。日に日に色づき、例年のような装いになってきています。 ◆写真:平成24年10月6日(土)午後0時15分 長島町:鷹巣の民家の庭先にて |
出水中央高校吹奏楽部は、来る11月10日(土)横浜みなとみらい大ホールで行われる「第14回全日本高等学校吹奏楽大会in横浜」に出場します。 このことは、平成17年4月に福島玲士先生を指導者に迎え、強化部に指定されて以来、下記のように8年連続全国大会へ出場の快挙になります。 ただし、平成21年は、部員の新型インフルエンザのため出場辞退があります。 県高校吹奏楽コンクールでは、8年連続金賞獲得、その間、平成19年から3年連続、九州吹奏楽コンクールへ出場されています。 そして、強化部に指定された平成17年から「芸術の秋」のこの時期に、演奏会を各地(今年も6か所)で実施されています。各会場とも多くの観客が押し寄せておられます。 これらの快挙は、福島玲士先生のご指導の賜物だと高く評価でます。先生は、ベルリン、ニューヨーク、今年8月のウィーンの世界3大ホールで全日本選抜吹奏楽団の指揮をされるなど全国的にも高く評価されています。 そして、90名を超える部員の努力、専用の吹奏楽練習ホ−ルと立派な楽器を完備の学校法人出水学園の取り組み、保護者の方々のご尽力などがあります。 今年の吹奏楽部の演奏会は、すでに終了の2会場(天草市・水俣市)に続いて10月14日の出水市、10月21日の霧島市、11月18日の人吉市、12月1日の鹿児島市と続きます。終了の2会場は、演奏・演技とも素晴らしく多くの観客は喜びと感動を表現しておられました。 これからの会場では、より一層練習を重ねて、より高度な演奏・演技が披露されるものと思います。そして、「第14回全日本高等学校吹奏楽大会in横浜」でも昨年以上の好成績が期待されます。 私は、「芸術の秋」の一つとして、全国的に著名な福島玲士先生の指揮、ウィーンでの演奏や8年連続全国大会に出場する自信に満ちた出水中央高校吹奏楽部の美しいハーモニーを奏でる演奏を聴くのを楽しみにしています。 記 1 日本管楽合奏コンテスト全国大会(主催:公益財団法人日本音楽教育文化振興会) 場所:3,000人収容の東京文京シビックホ−ル @平成17年11月6日(日):「元禄」→優秀賞 A平成18年11月5日(日):「第六の幸福をもたらす宿」→審査員特別賞 B平成19年11月4日(日):「三つのジャポニズム」→最優秀賞 C平成20年11月2日(日):「瑜伽行中観−吾妻鏡異聞−」→最優秀賞 D平成22年10月30日(土):「バレエ音楽『ガイ−ヌ』より」→最優秀賞 2 全日本高等学校吹奏楽大会in横浜(主催:日本高等学校吹奏楽連盟) 場所:2,000人収容の横浜みなとみらい大ホール @平成21年11月15日(日):「歌劇『トゥ−ランドット』より」、「旧友」、「キエフの大門」 ★(新型インフルエンザのため出場辞退) A平成23年11月1日(土):「アルセナール」、「民族舞踊」、「三つのジャポニスム」→「理事長賞」・「JBA下谷賞」 B平成24年11月10日(土):「国民の象徴」、「ハイヤ節」、「序曲『1812年』」 ◆写真:平成24年9月23日(日)午後3時10分 出水中央高校吹奏楽部「牛深演奏会」で最後の曲の演奏中 天草市:牛深文化会館(定員700人) ●福島玲士先生は、南日本新聞の平成24年10月10日(水)付け1面の「かお」欄に取り上げられています。 福島玲士さん『ウィーン国立歌劇場で指揮した出水中央高校吹奏楽部顧問』のタイトル |
私は、10月7日(日)・8日(祝)の連休に恒例の「高千穂峰の会」の登山と観光に参加しました。 初日は、大分県湧蓋山(わいたさん)(1,500m)とみそこぶし山(1,296m)、一目山(1,287m)の3山への挑戦でした。 今年は、出水を6時半に出発して、ひぜん湯登山口に10時30分に到着、そこから14名の参加者は登山を開始しました。 登山は、森林の中の滑りやすい山道を数回休憩しながら登ると平坦な草原地帯へと出てきました。この一帯は、写真でご覧のようにススキの生い茂る秋の風情たっぷりの景観でした。登山口を出発して約1時間の場所です。 後、およそ30分で湧蓋山の登山口です。私は、夏に体調を壊したこともあって、目的の湧蓋山の登山を止めて登山口で待つことにしました。その場所は、草原地帯でそこらを散策して約3時間を自分の時間としました。心地よい秋風に吹かれながら揺れるススキを観たり、九重連山を観ながら一人で楽しい昼食をとりました。 ◆写真:平成24年10月7日(日)午前11時30分 大分県湧蓋山(わいたさん)(標高1,500m)に向けて登山中の「高千穂峰の会」メンバー |
毎年、快晴に恵まれ、今年で14年目を迎えた「高千穂峰の会」の登山は、10月7日(日)大分県湧蓋山(わいたさん)(1,500m)とみそこぶし山(1,296m)、一目山(1,287m)の3山でした。 この「高千穂峰の会」は、平成11年10月10日、最初に登頂した「高千穂峰」(1, 574m)にちなんで「高千穂峰の会」と呼んでいます。 私は、平成10年11月21日挙行の鹿児島県立N高校の創立50周年記念行事に関わりました。その際、記念行事の成功を祝して、当時の同窓会・PTA・学校の三者の実行委員の皆さんの希望者が一緒に「高千穂峰」登山を翌年に行いました。それが今でも続いているのです。 「高千穂峰の会」の登山は、当時の実行委員の希望者とその関係者で、年1回九州の著名な山に登っています。体力も年々衰えていく、私が山登りをなぜ好きかというと、次のような理由があります。 @登山は、非常にきついですが、一歩一歩進むと頂上に到着します。 A登山のメンバーは、お互いにに協力し参加者の「絆」が芽生えます。 B登山中は、いろいろな動植物に触れることがでる楽しみがあります。 C頂上での食事は、非常に美味しいく、適量のアルコールは格別です。 D頂上の眺望は、360度に広がり、その景観は誠に素晴らしいのです。 私は、今回、体調を考慮して目的地の湧蓋山の登山を止めて登山口で待つことにしました。そして、下山した皆さんと、みそこぶし山と一目山の2山へ挑戦しました。 写真は、みそこぶし山の頂上です。標柱は、写真でははっきり見ることはできませんが、標高1,296mと刻み込まれていました。 その場で参加者のスナップ写真を撮りました。今回参加者の14名の全員ではありませんが、左から2人目に2歳8ヶ月のMちゃんも元気に記念写真に入っています。 私は、登山には、毎回、トレーニングを重ねて参加しています。今年は、トレーニングなしでの参加でした。 皆さんに励まされて、2つの山の頂上に立ち、九重連山など360度の絶景を眺望することが出来ました。 特に、今年は、トレーニングなしでの登山で不安が一杯でした。それだけに2つの山に登頂した時の喜びと楽しみと感動は、今までになく大きく伝わってきました。 ◆写真:平成24年10月7日(日)午後3時30分 みそこぶし山(1,296m)頂上の標柱を中心に(後方の最も高い山が湧蓋山) |
出水市のHPによりますと、「平成24年10月23日(火)午後2時、出水平野の東干拓地にナベヅル3羽が初渡来しました。」と掲載されています。 第1陣の渡来は、例年、10月15日前後で、昨年が8日でした。 今日の南日本新聞には「ツルまだ来ない?」のタイトルで、例年より遅れていることが報道されていました。 私は、今年の第1陣の到着が遅いことが気がかりでした。ようやく渡来してきましたので嬉しく思います。 いよいよ出水地方にも冬の到来の時となってきました。 今季は、何羽渡来して来るでしょうか?。昨季まで15季連続の『万羽ヅル』が記録されていますので、今季も『万羽ヅル』となり16季連続の記録が達成されるのを今から楽しみにしています。 「ツル」は、例年、出水平野を中心に優雅に舞っており、出水の冬の風物詩として親しまれ、愛されています。今年も出水平野で元気で越冬してほしいと願っています。 ●ここに掲載の写真は、大変恐縮ですが、昨年の10月27日(木)午後5時10分に撮影したものです。ご了承ください。 ◆写真:『平成23年』10月27日(木)午後5時10分 出水市:出水平野の東干拓地の上空 |
出水市上大川内の上場高原のコスモスは、写真でご覧のように美しく咲き、辺りを明るく照らしています。 私は、24日(水)午後5時前、著名なコスモス園を訪れてみました。 3ヘクタールに25万本の赤やピンク、白など色とりどりの花が、秋風に心地よさそうにゆらりと揺れていました。 このコスモスの美しさに、私は、散策中の初老の夫婦との語らいでもその話題が尽きませんでした。 コスモス園を管理されている上場農村緑地広場管理組合の前田正道組合長(71)によると、「コスモスは、7月の『海の日』に多くのボランティアの皆さんと植え付けてました。今年は9月中旬の台風で倒れたのも多かったものの、きれいな花が咲きました。このコスモス園は平成3年に開園しましたので、今年で22年目になります。多くの方々が来園されて大変嬉しく思っています。花は、今月末までは充分に楽しめると思います。」とにこやかに話してくださいました。 上場高原では、土・日・祝日だけですが、地元産の牛乳を使ったジェラートアイスの販売。そして、古代マーケット「天の市」では、地元産の高原野菜などの販売もあり、変化に富む上場高原のコスモス園一帯です。 私は、海抜500メートルに広がる上場高原のコスモス園を訪れて、広大な斜面にゆらりと揺らぐ一面のコスモスの花を見て、その美しさに見とれてしまいました。 ◆写真:平成24年10月24日(水)午後4時45分 出水市:上場高原のコスモス |
お食事処「まめや長島」は、黒之瀬戸大橋を渡って長島に入り、最初の信号三叉路を右(鷹巣方面)へ行くと約15分の所にある「川床ふれあいの郷」の内にあります。 『自家製とうふ』を献立の中心とされていることから「まめや」と命名された「まめや長島」は、10月20日に開店1周年を迎え、多くの方々が利用されています。 私は、26日(金)、昼食に右の写真の「とうふ屋の健康ランチ」(750円)を食べました。 この料理の説明に、「『まめや自家製とうふ』をベースに地元の素材と野菜でヘルシーなランチをつくりました。」とあるように、『自家製とうふ』と地元の素材を取り入れられた美味しい味の献立でした。そして、『自家製とうふ』と『地元産のわかめ』の入った味噌汁の味も格別でした。 前回は、日曜日に食事をしましたので、バイキング方式の「長島ビュッフェ」でした。バイキングとして並べられている17〜20種類の各品は、食材の持ち味を表現された味が付けられていて、楽しみながらお腹一杯いただきました。 店主の加治木信子様(60)は、「『自家製とうふ』と長島の素材を活かした献立で、低カロリーでもしっかり美味しい味付けをしています。お客様は、町外の方々がよく尋ねてきてくださいます。町内の方々は日替わり弁当をよく注文してくださいます。」とにこやかに話してくださいました。 私は、今までに5回立ち寄り、それぞれ異なった献立をいただきました。各献立のそれぞれの味に、それぞれの味わいがあり一品一品を楽しみながら食べました。後、3種類で献立表に掲載されている全てを頂くことになります。 後、3種類、私は、低カロリーで美味しい味に魅力を感じ、近い中に是非実現したいと思っています。 ◆写真:平成24年10月26日(金)午後0時45分 「まめや長島」の「とうふ屋の健康ランチ」(750円) 長島町:川床「川床ふれあいの郷」内 ●「まめや長島」 場 所:899−1212出水郡長島町川床3444番地8 営業時間:11:00〜15:00(14:30オーダーストップ) 定 休 日:毎週水曜日、年末年始 電 話:0996−87−1212 ●メニー @ランチ定食メニー(750円)、Aランチ一品&メニー(600円)、Bどんぶりメニー(700円)。C土・日・祝日は旬の食材を活かした「長島ビュッフェ」のバイキング方式のメニー(中学生以上800円・小学生500円・未修学児無料)、Dお弁当や惣菜、お菓子など |
今宵、神無月(10月)30日は、満月です。出水の街にも明るく辺りを照らしています。 右の写真は、出水市の中央を流れる米ノ津川に架かる広瀬橋から写したものです。 今日の出水地方は、曇りで今にも降り出しそうな時もありました。夕方になっても雲は厚く、満月を捉えにくい天気でした。 私は、神無月(10月)の満月を写したくて、空を何回も見上げていました。ようやく雲の流れの隙間から満月が現れましたので、写したのが右の写真です。その時は、午後8時45分でした。 その1時間後の午後9時45分、自宅のベランダから見る月は、満月らくし誠に鮮やかに辺りを照らしています。明日は快晴と予報されています。 写真では、満月の美、その迫力を充分にお伝えすることができませんが、雰囲気はお伝えしていると思います。 私は、満月の魅力を味わいながら、秋の深まりを感じています。 ◆写真:平成24年10月30日(火)午後8時45分 出水市:米ノ津川に架かる広瀬橋より満月を望む |
この時期の夕暮れは、「秋の夕暮れ」と呼ばれ、夕日の美しさが格別です。 私は、3日(祝)の夕方、出水市を一望できる東光山公園の駐車場の付近から夕日と出水市街地を望みました。 その時の景色が、右の写真です。 遙か彼方の夕日が間もなく沈もうとする「秋の夕暮れ」です。そして、秋のススキも見られました。その右の白い部分は米ノ津川、ススキの左に白く見える建物がクレインパークです。 ・・・・ 秋の夕暮れ。 「秋の夕暮」という結びの優れた和歌が、新古今和歌集の中に三首あります。その三首は下記のとおりです。この三首を三夕(さんせき)の和歌と呼んでいます。 ☆寂しさは その色としも なかりけり 槙立つ山の秋の夕暮れ (寂蓮法師) ☆心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ (西行法師) ☆見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ (藤原定家) 意訳⇒まわりを見渡しても、美しい花や鮮やかな紅葉もありません。海辺の苫葺きの粗 末な小屋があるだけの秋の夕暮れです。胸に染みてくるこの思いは何なのだろう。 私は、秋になると、藤原定家の句の意訳にあるように、「胸に染みてくるこの思いは何なのだろう。」の気持ちになってきます。その意味からも「・・・・・ 秋の夕暮れ」は、その美しさの中に静かに物を思う雰囲気を醸し出してくれます。 ◆写真:平成24年11月3日(祝)午後5時24分 出水市:東光山公園の駐車場の付近から夕日と出水市街地を望む(一番右の白い部分は米ノ津川、ススキの左の白い建物はクレインパーク) |
11月4日(日)、私は、孫たちの待つ東京へ鹿児島空港からJAL1870便で羽田空港へ向かいました。 飛行中の窓から午後2時28分、富士山(3,776m)をはっきりととらえることができました。 雲の中から一段と高く聳えている富士山は、写真のように西日の光に浮かび上がり誠に美しい姿を見せていました。日本最高峰の富士山は、円錐形の山ですので、どの方向から見ても同じような姿をしています。 富士山は、八合目付近から雪に覆われていました。 今年の初冠雪は9月12日だったそうです。平年の初冠雪が10月2日頃と言われていますので、非常に早い初冠雪ということになります。このことから、私は、富士山の冠雪の状況を楽しみにしていました。 4日(日)、搭乗前に富士山の見える左の窓側を席を希望したら幸いにも1席あり、ラッキーでした。 当日は、雲が厚くて飛行機から下の景色を見ることが出来ませんでしたので、富士山の近くを飛行する時になっても眺望することは無理かもと思っていました。ところが雲の中から聳えているのを見ることができ、やはり高い山なのだと改めて思うことでした。 私は、鹿児島〜東京を旅する時には、富士山の見える席を常に希望しています。富士山の折々の姿を実際に見るのが好きだからです。 私は、小金井市に住む3人の孫たちに会いに東京に来ました。19日(月)に帰るまでの2週間、楽しく遊びたいと思っています。 ◆写真:平成24年11月4日(日)午後2時28分 鹿児島空港 → 羽田空港へ飛行中のJAL1870便の窓から富士山(3,776m)を望む |
「立冬」を迎えた今朝(7日)、私は、東京都小金井市に住む娘宅にいます。 最寄りのJR中央線「東小金井駅」をバックに撮した今朝の風景は、写真のとおりです。 快晴の好天気ですが、気温は、最低気温が11℃、最高気温が19℃と予報されています。 いよいよ今日から本格的な冬に入ります。街ゆく人々の服装は、冬服に替わってきています。私も冬支度の服装で駅まで散策してきました。 「立冬」の朝のことを「今朝の冬」と呼んでいます。「今朝の冬」を迎えた今日から1年で最も寒い季節の冬に入る時になってきました。晩秋から初冬へと・・・。 ◆写真:平成24年11月7日(水)午前9時40分 東京都:JR中央線「東小金井駅」と空 |
快晴の8日(木)、東京駅〜皇居一帯を散策しました。 皇居前広場から東京駅「丸の内口」へ通じる街路樹は、ご覧のように鮮やかに初冬の色でした。 私は、東京駅周辺の高層ビルや交通量の多い東京駅前交差点、そして、鮮やかに色づいた街路樹をポイントとして撮影しました。 この写真から、都心にも初冬の風情が漂ってきていることに気づきました。 8日(木)の東京駅付近の天気は、快晴で最低気温が11℃、最高気温が20℃を記録しています。私が散策していた正午ごろは、20℃を記録したと思われますが、快晴のため暑さを感じました。上着を脱いだり、半袖のシャツで散策されている方々を多く見かけました。 このことから、季節の変わり目の今、気温の変化などの対応に配慮して体調管理などには充分に気をつけなければならい時だと感じました。その中で、初冬の都心の風情に魅せられながら散策しました。 ◆写真:平成24年11月8日(木)午後1時 東京都:皇居前広場から東京駅「丸の内口」へ通じる道路と街路樹 |
「東京駅」と刻まれた石碑です。 この石碑を囲むように、正面玄関の「御車(みくるま)寄せ」があります。 場所は、「東京駅丸の内駅舎」の中央部に位置し、大変わかりやすい所にあります。 私が訪れた8日(木)の昼過ぎ、多くの方々が「東京駅」と刻まれた石碑をバックに写真を撮っておられました。 ここは、東京駅訪問の想い出を残す写真撮影の良い場所の1つになると思います。 ここで撮影するタイミングは、周囲に配慮しながら手際よくしないと多くの方々に迷惑をかけてしまいそうでした。 私は、「東京駅」と刻まれた石碑を見た時、一日平均の乗車人員が約38万人(平成23年度)と言われているマンモス「東京駅」を表現するに相応しい重厚な石碑だと思いました。 ●参考文献:JR東日本発行の『東京駅』(東京駅丸の内駅舎保存・復元観光ガイド) ◆写真:平成24年11月8日(木)午後1時15分 東京都:「東京駅」と刻まれた石碑 |
出水中央高校吹奏楽部は、「第14回全日本高等学校吹奏楽大会in横浜」で「理事長賞」・「ヤマハ賞」の2つの賞を受賞、その上、来年度のシード権も獲得しました。 日本高等学校吹奏楽連盟主催「第14回全日本高等学校吹奏楽大会in横浜」は、40校が参加して11月10日(土)・11日(日)の2日間、横浜みなとみらいホール大ホール(約2,000名定員)で行われました。 昨年に続いて2年連続、3回目出場(平成21年はインフルエンザのため出場辞退)の出水中央高校吹奏楽部は、10日(土)11時20分から15分間、福島玲士先生の指揮で72名が演奏しました。 演奏曲目は、@「国民の象徴」(エドウィン・イー・バグレイ作曲、小島里美編曲)、A「民族舞踊『ハイヤ節』」、B「序曲『1812年』」(チャイコフスキー作曲、Yoshihiro Kimura編曲)でした。 A「民族舞踊『ハイヤ節』」では、踊りの着物姿の7名の部員が、部員の演奏する『ハイヤ節』に乗って5色の旗の前で見事に舞いました。B「序曲『1812年』」では、全員が起立しての合唱から演奏に入るという構成でした。 指揮者の福島玲士先生は、ベルリン、ニューヨーク、今年8月のウィーンの世界3大ホールで全日本選抜吹奏楽団の指揮をされるなど全国的にも高く評価されています。 15分間の格調高い高度な演奏と華やかな衣装を着用した舞いの舞台構成は、誠に見事で会場の皆様に感動と感激を与えたようです。演奏が終わると満員の観客席から「ブラボー」の声があがるなど、高く評価される演奏でした。 その結果、「理事長賞」・「ヤマハ賞」のダブル受賞となりました。その上、「理事長賞」を受賞したことで次回大会出場へのシード権が与えられることになりました。 顧問で指揮者の福島玲士先生は、「全国の強豪校の中で、昨年に続いて2つの賞をいただき、その上、次回大会出場へのシード権も得て、大変嬉しく思います。部員の頑張りの賜と思っています。そして、出水学園ご当局をはじめ、ご関係の皆様のご協力のお蔭です。心からお礼を申し上げます。」と喜びのコメントをされました。 部長の休坂茉莉亜(教養課程3年)(Sax)さんは、「福島先生のご指導のもと、全ての部員の努力と協力で素晴らしい演奏が出来、賞を2つもいただきました。努力の成果が出て大変、嬉しく思います。福島先生をはじめ多くの皆様へ心からお礼を申し上げます。」とにこやかでした。 私は、出水中央高校をはじめ数校の演奏を聴きました。15分以内の演奏の中にパフォーマンスを取り入れることが認められているらしく、各校ともいろいろな趣向を凝らして構成されていました。 この非常に楽しい雰囲気の漂っている横浜大会を、私は、昨年に引き続いて聴き、吹奏楽の楽しい雰囲気を味わうことができました。 ◆写真:平成24年11月10日(土)午前11時50分 演奏を終えて、保護者などに囲まれて会場の建物をバックに記念撮影する部員の皆さん(会場で演奏している場面は、撮影が禁止されていました。) 神奈川県:横浜市横浜みなとみらいホール 大ホール (約2,000名定員) 〒220-0012 横浜市西区みなとみらい2-3-6 |
「東京駅丸の内駅舎」は、10月1日(月)、新たな駅舎としてリニューアルオープンしました。 リニューアルオープンは、大正3年(1914年)12月20日、東京駅が開業した時の駅舎に復元されたものです。 創建時の駅舎は、赤レンガ造りの3階建て駅舎で、南北の駅舎にそれぞれ取り付けたドーム形の屋根が目をひく洋風デザインだったそうです。 この駅舎は、関東大震災でもほぼ無傷だったそうですが、終戦直前の昭和20年(1945)年5月、空襲で駅舎が炎上して、ドーム屋根と3階部分を焼失してしまったそうです。急きょ行われた修復工事では、ドームに代えて八角形の屋根がかけられ、3階部分は再建されなかったそうです。 創建時の駅舎復元を求める住民運動もあって、JR東日本は平成11年(1999年)に復元を決定し、復元工事は平成19年(2007年)5月に開始され、今年(平成24年)完成しました。 駅舎は、平成15年(2003年)に国の重要文化財に指定されています。 私は、復元後の「東京駅丸の内駅舎」を、今回、初めて見ました。赤レンガ造りの3階建て南北の駅舎にドーム形の屋根が目をひくデザインなど重厚な建物に首都東京の中央駅としての趣きを感じます。見学のための観光客が非常に多く、大変な賑わいでした。 下記の参考文献に「東京駅は歴史と未来、日本と世界が対話する街、Tokyo Station Cityとしてますます発展していきます。」の文章があります。この文章にも感動しています。 ●参考文献:JR東日本発行の『東京駅』(東京駅丸の内駅舎保存・復元観光ガイド) ◆写真:平成24年11月8日(木)午後1時15分 東京都:復元後の「東京駅丸の内駅舎」(皇居側から撮影) 私は、写真の中に、目をひく南北の駅舎にそれぞれ取り付けられたドーム形の屋根を入れたくて努力しました。写真の両端に入っていますが、小さくなりました。 |
今回の「東京駅丸の内駅舎」復原工事で最も注目されるのは、南北ドーム屋根の外観とともに、3階以上の内部空間の復原だと思われます。 その南北ドームは、大正3年(1914年)12月20日の創建時、南北の駅舎にそれぞれ取り付けたドーム形の屋根が目をひく洋風デザインとして注目されていました。 ところが、終戦直前の昭和20年(1945)年5月、空襲で駅舎が炎上し、南北ドーム屋根と3階部分を焼失してしまいました。 その後の修復工事では、ドームに代えて八角形の屋根がかけられ、3階部分は再建されなかったからです。 その部分が、再建されて写真のようになりました。 その中に干支の彫刻があります。彫刻は、ドーム内の8か所のコーナーにその干支の方向に従って十二支のうち八支が配置されています。彫刻は、灰緑色をバックにガラス繊維強化石膏で作られているそうです。 なお、残りの四支は、子(北)、兎(東)、午(南)、酉(西)で省かれています。 下記掲載の参考文献@に次のように説明してあります。 1 ドームの変遷 「・・・・、そして、平成24年(2012年)、創建時のドーム屋根の外観とともに、3階以上の内部空間も、創建時の意匠に忠実に復原されました。」 2 ドームレリーフの復原 「ドーム3・4階と天井は、創建時の姿に復原され、干支や2mを超える大きさの鷲の彫刻など見事な造形が甦りました。ドームに施されたレリーフは、南北のドームで全く同じものです。」 上の1・2の説明から、南北ドームの干支(えと)などは、昭和20年(1945)年5月の空襲で焼失されて以来、今回の復原工事で再現されたことになります。 、 このドームは、「丸の内北口」と「丸の内南口」の改札口にあります。多くの駅利用者であふれ、ゆっくりと観賞できにくい場所です。 それでも、天井を見上げて観賞し、天井にカメラを向けて撮影しておられる見学者の多さに驚きました。私もその一人でしたが・・・・。 ●参考文献 @JR東日本発行の『東京駅』(東京駅丸の内駅舎保存・復原観光ガイド) A2012年10月完成 東京駅丸の内駅舎保存復原 『丸の内駅舎見どころ MAP』 ◆写真:平成24年11月6日(火)午後0時20分 東京都:復原後の「東京駅丸の内駅舎」の北ドームの天井見上げ |
この写真は東京・銀座4丁目交差点の一角で、日本最大の繁華街として、
また日本一地価の高い商業地としても知られています。 「銀座」の地名の由来は、江戸時代に設立された貨幣の鋳造所があったことからだそうです。 「銀座」の名は、一種のブランドになっており、全国各地の商店街にも「○○銀座」と呼ばれる所が見受けられます。 正面の時計塔を配したビルは、服部時計店(現・和光)のビルで銀座のシンボルとなっています。 現在の和光本館として使われているビルディングは、昭和7年(1932年)に『服部時計店ビル』として建てられたものです。その屋上の時計塔は、時計店であることから文字盤は4面あり、東西南北を向いています。それは、銀座のどの場所からでも時間の確認が出来るように配慮されたと言われていますが、今では、高いビルがあって確認はできにくい場所もあるようです。 時計塔は、毎正時にウエストミンスター式チャイムとともに、時報を告げる鐘がなり響きます。 私が訪問した時は、午後2時を知らせる鐘がなり響いていました。通りの交通量は、車道も歩道も多く、さすがに東京・銀座の賑わいだと感じました。 ◆写真:平成24年11月8日(木)午後2時20分 東京都:銀座4丁目交差点の一角 |
私は幼稚園に通う孫(6歳)との「東京スカイツリー」の見学の約束が実現できて楽しい一日を過ごしました。 孫の幼稚園は、11月11日(日)が「園祭り」で、その代休が12日(月)だということが前々から分かっていました。その日に「東京スカイツリー」へ行くことを9月に約束していました。 午前11時の入場券を購入していましたが、その時は雨で視界は不良でした。スタッフの方に、「午後は晴れの予報ですので、少し時間を遅らせて午後に入場したい。」と申し出ると、快く了承されました。 その間、孫と私は、隣接の「すみだ水族館」の見学と「食事」をすることにしました。ペンギンの群れに感動した後の食事では、自分で決めた「海鮮チゲ」に水をいっぱい入れて、「辛い!!」と言いながらもがんばって食べていました。 天気も味方して、昼過ぎから晴となり、午後1時10分、地上350mの「天望デッキ」でエレベーターの扉が開くと視界の広がりに驚き、皆さんから大きな歓声が上がりました。 孫は、「天望デッキ」を回りながら「すごいね」と言い、広大に広がる関東平野を見ていました。また、入場者の多いのにも驚いていました。 孫は自宅の壁に東京スカイツリーのポスターを貼り、当日の朝も「ここに行くのよね」と言うなど楽しみに指折り数えて待っていたようです。そして、電車に乗り継いでの往復でしたが乗り継ぎの駅名(神田・浅草)もよく覚えていました。 孫との初めての「東京スカイツリー」への『旅』は、迷子にならないようにすることなどにも配慮して行動しました。 夕食をしながら楽しそうに話している孫の姿を見ていると、「かごしまのじじ」も嬉しく振り返ることのできる一日となりました。 ◆写真:平成24年11月12日(月)午後1時25分 東京都:東京スカイツリー「天望デッキ」(地上350m)から眺望している孫 |
私は、11月12日(月)、孫(6歳)と「東京スカイツリー」(634m)の「天望デッキ」(地上350m)まで初めて入場しました。 その時の想い出の記念として、好きな物を本人に選ばせました。 すると、本人は、「天望デッキ」のすぐ下にある売店へ行き、品定めを始めました。多くの品物の中から模型『1/2000 TOKYO SKYTREE』を選びました。 模型『1/2000 TOKYO SKYTREE』は、実物の2000分の1ですので、模型の高さが約31pです。本物と同様のライティング機能が付いています。 その色は、写真の「雅色」の他、「粋色」、自動で「レインボー色」など「7色」に変えられるモードがあります。 孫は、購入した記念品を大事そうに持ち帰り、自宅では早速カーテンを閉めて部屋を暗くして、灯りを灯していました。精巧に出来ており、ライティングの色も写真のように非常にきれいです。 記念の模型は、見やすい場所に置き、毎晩灯りを付けています。私も入場の想い出として一緒に見ています。私は、鹿児島へ帰ると見ることは出来ませんが、いつまでも大事にしてほしいと思います。 ◆写真:平成24年11月12日(月)午後7時25分 模型の『1/2000 TOKYO SKYTREE』で「雅色」をライティングしています。 東京都:小金井市の娘宅にて |
私は、娘家族と11月17日(土)午後、「東京ディズニーランド」へ初めて行きました。 当日は、小雨の降るあいにくの天気でした。場内のパレードやアトラクションなどが中止されましたので、少し残念な思いがしました。 そこで、私たちは、雨に影響されない場所を利用して楽しみました。 @先ず、「ウエスタンリバー鉄道」に乗りました。列車は、アメリカ西部を巡る旅で、西部開拓の歴史を間近に見たり、怪獣の出現に遭遇したりするなど「夢の世界」を感じ取ることができました。 A次に「蒸気船マークトウエイン号」に乗りました。真っ白な蒸気船でアメリカ川を一周するコースで船から見える景観と解説者の説明からアメリカの壮大さを感じました。 Bそして、「アリスのティーパーティー」に入りました。クルクル回るティカップ、ふしぎな国のお茶会への案内でした。孫たちの回すカップに酔ってしまい、そのことで、より一層、幻想の世界へと進んでいました。 C最後に「イッツ・ア・スモールワールド」に乗りました。世界中の子供たちに包まれる世界で一番幸せな船旅でした。クリスマスソングが流れ、年末を感じながら大変楽しいファンタステックな旅となりました。 私は、特に、最後のC「イッツ・ア・スモールワールド」で、小さな船に乗り込むと、船旅の全体が右上の写真のように幻想の世界に包まれ、楽しい音楽と元気よく動く人形の動作に吸い込まれてしまいました。 ここ東京ディズニーランドは、全体として、ファンタスティクな世界に包まれた内容が随所に見受けられました。私は晴れた日に再度訪れて、心から幻想の世界をより一層、味わってみたいと思います。 ●参考文献: 東京ディズニーランド発行の『東京ディズニーランド・ガイドマップ』2012−2013 ◆写真:平成24年11月17日(土)午後3時30分 東京ディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」船旅から。写真の中にある「FELIZ NAVIDAD」は、スペイン語の「クリスマスおめでとう!」です。 千葉県:浦安市の「東京ディズニーランド」にて |
出水の空に冬の使者「ツル」が優雅に舞い、冬の到来を告げています。 私は、11月21日(水)に渡来地の出水・荒崎休遊地に行き、今年初めて「ツル」の優雅な舞いを観賞しました。 写真の3羽の「ツル」は、「ツル観察センター」近くでの雄姿です。 「ツル」は、ご覧のように3羽で行動することが多いです。これは、夫婦と子供だと言われ、「ツル」の家族の絆の強いことを表現しています。 結婚式や長寿、おめでたいといえば「ツル」と言われていますが、それは、家族の絆の強いところにも起因しているのではないかと思います。 今年の「ツル」の渡来は、例年より約10日間遅れました。その間、「どうしたかな!」と私は、心配していました。記録的には2番目に遅い渡来だったそうです。 例年より遅く渡来してきた「ツル」は、11月10日(土)の第1回目の羽数調査で10,159羽を数え、最初の調査で16季連続の『万羽ヅル』となりました。幸先のよい「ツル」の渡来数となっています。 今シーズンの渡来数は、何羽になるのでしょうか。今年は初渡来が遅れながらも幸先のよい『万羽ヅル』となった出水の「ツル」。過去、最も多かったのは13,521羽(平成12年)です。 出水に住む私は、遠いシベリアから渡来して来てから北帰行して帰るまでの「ツル」の姿を眺めながら出水の誇りと自慢に思っています。 その意味で、私は、今回で【第500回】を迎えた記念の掲載にも「ツル」を取り上げさせていただきました。この「コラム紫尾山」のスタートは、平成22年5月1日の【第1回】「薫風or新緑?」した。それから今回まで「ツル」に関することなどできるだけ身近な話題を取り上げてきました。 これからも身近で新鮮なテーマで努力したいと思っています。今まで同様、ご覧いただければ幸いです。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。 ◆写真:平成24年11月21日(水)午前11時55分 出水市:「ツル観察センター」近くを舞う「ツル」 |